新富町「富味座」には今どきまっとうな日本料理がある──連載「Must-Go New Restaurants」

連載「Must-Go New Restaurants」はオープンしたばかりの新しい飲み食い処を紹介する。こんかいは、新富町にオープンした「富味座」だ。
富味座

“走り”や“名残り”、味に必要のないものは使わない

今年3月、東京・新富町に、かの「京味」の味を汲む店がオープンした。料理長を任された片岡智亮さんは、「京味」をはじめ、「赤坂きた福」など日本料理の名店で研鑽を積んできた料理人だ。スペシャリテの「鮑」、そして修業した店で体得した「蟹」と「すっぽん」料理をメインとしたコース料理は、師と仰ぐ故・西健一郎さんの「料理は季節が教えてくれる」という教えどおり、“走り”や“名残り”を使わず、旬の食材だけで構成される。

富味座(とみくら)
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「西さんから学んだことすべてが私の料理の土台になっています」

片岡さんの皿は、“京料理の王道”と評された「京味」の味をベースに、奇を衒うことのない定番とも言える日本料理であるが、とにかくうまい。秘訣を訊くと、「素材のおいしさを知ることです。それを知らなければ何を引き出してあげれば良いかわからなくなります。まずは何度も使って、その食材に慣れてからどういう料理にするかを考えます。料理のイメージができたら試作を繰り返して完成させますが、実際にお客さまに提供してからもよりおいしくなるように常に考えながら作っています」と答えた。

カリッと揚げた湯葉の中から熱々でとろっとろの鮑だしの餡をまとった鮑が顔を出す。食感のコントラストが楽しい「鮑の湯葉揚げ」は、口の中で湯葉と餡が同時に広がるように餡の硬さに工夫を凝らした。

その言葉を象徴するのがスペシャリテの「鮑」である。炭火焼台で大きな黒鮑にゆっくりと火を入れる。いざ焼きあがりを切れば、うっすらと汗をかいたかのような艶やかな表面の真ん中だけがほんのり薄い色をした完璧な火入れ。「焼き加減を決めるまでは何度も試作をしました。でも決まってしまえば迷うことはありません」と、毎回寸分違わず焼きあげる。そして、器を彩るのは2切れの鮑とおろしたての山葵のみ。その威風堂々とした姿に片岡さんの自信の表れが感じられる。

焼きあがった「黒鮑」は両端を大胆に切り落とし、真ん中の2切れだけを提供する。やわらかくも歯切れの良い肉厚の身が喉を通った後は潮の香りに包まれ、まさに夢心地。最高の料理は食材が語ってくれる。

すっぽんは骨を抜き、身と皮を細かく刻んで冷やし固めておく。ゼラチン状になったすっぽんのだしとともに火にかけ葛粉でまとめ、仕上げに卵でふんわりととじる。米は粒の大きさと甘み、食感で選んだ新潟の「新之助」。すっぽんのうまみが凝縮した卵とじが炊きたての白飯を包み込み、その滋味深い味わいが舌を魅了する。

「素材の味を引き立たせるために、“手”を加える、そんな料理を目指しています。日々、今まで学んだことを怠らず、お客さまに喜んでもらえるよう、がむしゃらにやるだけです」と話す。素朴にもなりえてしまうかもしれないギリギリを突いた片岡さんの皿は、いつまでも記憶に残り、また来ようと思わせるのである。

PROFILE

片岡智亮

栃木県出身。専門学校在学中に新橋「京味」でアルバイトをしたことで故・西健一郎さんから声がかかり、卒業後弟子入りする。寮生活をしながら10年修業。その後、日本料理の名店数軒を経て、今年3月に「富味座」の料理長に就任。

INFORMATION

富味座(とみくら)

住:東京都中央区新富1-7-9 中里ビル1F
TEL:03-6262-8772
営:18:00〜
休:水・祝日

文・高橋綾子 写真・八木竜馬