安田菜津紀が選ぶ、「人権」を考えるための「はじまりの6冊」【GQ VOICE】

私たちがいま直面している社会的・文化的問題について、読者とともに考えるプロジェクト「GQ VOICE」が再始動! そのはじまりの企画として、「人権・差別・新しい男らしさ・性的マイノリティ・フェミニズム・気候危機」の6項目に即して、各分野の識者に選書をしてもらった。ウェブの初回は、フォトジャーナリストの安田菜津紀さんによる「人権」にまつわる6冊だ。
安田菜津紀が選ぶ、「人権」を考えるための「はじまりの6冊」【GQ VOICE】
中島京子『やさしい猫』中央公論新社

スリランカ出身の男性、クマさんことクマラさんと、日本人のシングルマザー、ミユキさんとの恋愛を描いたこの小説には、日本社会が抱える人権問題が凝縮されている。クマさんはある日、仕事を失ってしまうが、それを言い出せないまま在留資格を失ってしまう。その後、入管の施設に収容され、送還の恐怖と孤独に苦しむことになる。物語には他にも、「外国人と付き合って大丈夫?」といった身近な人からの無自覚な差別が描かれているが、ミユキさんの娘、マヤさんのモノローグ形式で綴られているため、複雑に見える背景もすっと、心に届く。

灰谷健次郎『太陽の子』角川文庫

「てだのふあ」という琉球料理店に集まってくるお客さんたちとの交流を重ね、店の娘であるふうちゃんは、彼らが経験した沖縄戦を少しずつ、知ることになる。あの時、人々を追い詰めたのは、米兵の艦砲射撃だけではなく、戦争遂行のために地元民を犠牲にした日本軍だった。沖縄戦当時、10代半ばだった父は、年を経るごとに表情が乏しくなり、やがて発作に見舞われていく。戦時下を生き抜いた人々を、命を絶つまでに追い詰めるものは、何だろうか。現代に続く沖縄差別と地続きの問題が、主人公たちの姿から浮かび上がる。

中村一成『ルポ 京都朝鮮学校襲撃事件』岩波書店

2009年12月、京都朝鮮第一初級学校に、「在特会」メンバーが押しかけ、拡声器で醜悪な差別の言葉を投げつけていった。その後も襲撃は続き、保護者や関係者は、刑事告訴、さらには民事告訴に踏み切る。彼女たちは法廷での2次加害に耐えながらも、自らの声で訴え続けた。それはヘイト被害の深刻さだけではなく、学校を守りたい、という切実な願いだった。今でも朝鮮学校に対する構造的差別は続き、学校への脅迫電話、生徒に対する暴行事件なども起きている。果たしてそれに、「沈黙」したままでいいのか。本書は鋭く投げかける。

毎日新聞取材班『にほんでいきる 外国からきた子どもたち』明石書店

多様性」「ダイバーシティ」が盛んに掲げられるようになった昨今だが、それはどこまで中身の伴う言葉となっているだろうか。取材班が全国100自治体に実施したアンケート調査によると、就学状況が不明な外国籍の子どもたちが少なくとも1万6000人いるという。この社会で確かに生きているはずの子どもたちが、「いない」「見えない」存在にされ、教育を受ける権利を蔑ろにされている現状が浮き彫りになった。そんな子どもたちは、何を思い、どのように生きてきたのか。この本からは、たくさんの「ここにいるよ」という声が聞こえてくる。

松岡宗嗣『あいつゲイだって アウティングはなぜ問題なのか?』柏書房

「おれもうおまえがゲイであることを隠しておくのムリだ」。一橋大学大学院のロースクールに通う男性が、クラスメイトのLINEグループに同意なくこう暴露された後、心身に変調をきたし、校舎から転落死した。相談を受けていたにも関わらず責任を認めない大学、男性に貸していた「DVDを返して」とだけ遺族に連絡してきたクラスメイト──彼らは事の深刻さをどれほど認識していたのだろうか。本人の性のあり方を同意なく第三者に暴露する「アウティング」は、なぜ問題なのか。筆者の真摯な取材などをもとに、根深く残る差別構造や偏見を考える1冊。

ティファニー・ジュエル(きくちゆみこ訳)『人種差別をしない・させないための20のレッスン アンチレイシストになろう!』DU BOOKS

なぜ人種差別が存在するの? 積極的に反対するためには? など、イラストや具体例を交えて伝えてくれるこの本は、世代を超えて分かち合える。特に目に留まったのは、「あなたの特権を使おう」という文言だった。「私が支配的文化に距離が近いアイデンティティを持っているということは、私にそれ自体を無効にするパワーがあるということです」と。社会の中でのマジョリティとしての「特権」は、構造的な力関係の中で、時に暴力的に作用することもある。一方、その使い道次第で、社会をよりよいものに変えていく力にもできるかもしれない。

Kei Sato
安田菜津紀(やすだ なつき)

認定NPO法人Dialogue for People副代表/ フォトジャーナリスト

1987年生まれ、神奈川県出身。東南アジア、中東、 アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 世界の子どもたちと向き合って』(日本写真企画)ほか。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』 にコメンテーターとして出演中。

安田菜津紀さんの著書『あなたのルーツを教えて下さい』(左右社)も、「人権」を考えるうえで欠かせない1冊だ(編集部)。

書籍写真・長尾大吾