巷にあふれる「ジェンダーレス」を考える──Not a Trend

トランスジェンダーをとりまく規範や医療について研究し、トランスジェンダー当事者でもある吉野靫が、昨今、ファッション誌などで多用される「ジェンダーレス」という言葉について考察する。

このコラムのテーマについて編集さんとやりとりする中で、ファッション誌で使われる「ジェンダーレス」などの表現についてどう考えるか、と訊かれた。ジェンダーレスと言われると、私の感覚では病院の手術着や縄文時代の貫頭衣のような、性別を問わないスタイルが思い浮かぶ。だが一般的には違うようだ。ジェンダーレスに関連してもっとも使われているのはおそらく「ジェンダーレス男子」という言葉で、ウェブ検索すると、ナチュラルメイクやネイルを施した若者の画像が出てくる。「ジェンダーレス女子」はというと、眉や目元をきりっと見せて、パンツスタイルにショートヘアが多い。そう、「ジェンダーの垣根がない」とか「ジェンダーを意識させない」出で立ちをジェンダーレスと呼んでいるのではなく、〝逆〟の性に寄せた状態を表わす言葉として広まっているのだ。

日本のファッション誌に「ジェンダーレス」という言葉が持ち込まれるのは2013年頃だ。『ELLE』は、モードの世界のジェンダーレスを報じている (註 1)。「ジェンダーレス男子」の用法は2015年頃から増え、NHKの番組やウェブ記事にジェンダーレス男子のモデルが登場し、メイクやファッションについて語った。「ジェンダーレス女子」は芸能人に関する記事で2016年に使われており、系統としては「イケメン女子」と軌を一にするものだ。

今年の4月には、「東京トガリ」というヒヨコのようなキャラクター(2016年生まれという設定で男の子らしい)のTwitterアカウントが、エイプリルフールのタグを付けて次のように投稿した。「ちょとわたし、今日から、東京トガ子になるわ!これからは、ジェンダレスのじだいだもの!トガ子、ジェンダレスでSDGズでエコでロハスなリモートキャリヤウーマンになるのがユメなの!(…)」(原文ママ)。リボンとスカートを身につけ、しなをつくった「東京トガリ」の写真も添えられている。話題の言葉を連ね、「意識高い系」の女子ってこんなんだろ、という趣味の悪い当てこすりだ。なるほど「ジェンダーレス」は、一部の人間にとっては揶揄の対象であり、ネタとして使い捨ててよい言葉になっているのだ。

気をつけたいのは、「ジェンダーレスファッション」に見える格好が、性的マイノリティの実存と深く結びついているケースもあるという点だ。トランスジェンダーの性別移行の実践がそう見えることもあるだろうし、レズビアンの一部にはマニッシュな装いを取り入れる文化がある。そのファッションにたどり着くまでには長い逡巡があったり、決意やプライドがあったりする。好きでそうしているのではなく、「そうせずにはいられない」「なんとか折り合いをつけた」結果である場合も多い。大げさな、と思うならば、毎日忍者の服装を強いられることを想像してみてほしい。(職業忍者を除いて)自分の内面をいっさい反映していない格好で暮らすのは、大きな苦痛を伴うはずだ。だから一見して「ジェンダーレスファッション」であっても、本人に対して「ああ、ジェンダーレスってやつ?」などとは言わないほうがいい。「ジェンダーレス女子」と呼ばれがちだった俳優(のちにトランスジェンダーとカミングアウト)は、「この性別はジェンダーレスだとか/そういった単語ひとつでは表せられない」(原文ママ)、自分の名乗りではない、とブログに書いている (註 2)。

そもそも、ファッションにおける「ジェンダーレス」が示す範囲は、非常に狭いものだ。雑誌やウェブ記事で取り上げられるのは、若くてスリムで色白、顔が良いと評価される人物ばかり。ジェンダーレスに近似する中性や無性の概念が、天使や神を連想させるからか、「ジェンダーレスな美しさ」という表現も導き出される。年老いたひと、病や障害をもつひと、美の規範に当てはまらない容姿のひとだって好きなジェンダーを装うことはできるが、そこに向けられる眼差しは途端に冷ややかになるのではないか?「ジェンダーレス男子」のウェブページを見ていたら、「ニューハーフや女装とは違う」という類の言葉を何度か見かけた。どうしたって、「このファッションは規範的な者の行為、自分は〝あっちのヒト〟ではない」という主張を感じる。

そろそろ、ファッション用語としての「ジェンダーレス」を、過剰かつ安直に使うことを見直す時期かもしれない。性別にとらわれないファッションについて述べたいのなら、従来通り「ユニセックス」でもよいし、「ジェンダーニュートラル」という言葉もある。世の中には、綿や絹やポリエステルだけでなく、人生を着ているひともいるのだ。

(註1)ELLE「モードがジェンダーレス!」2013/03/28
https://www.elle.com/jp/fashion/trends/a144351/fpi-13sstrend-japonism-genderlessmode13-0328/

(註2)中山咲月オフィシャルブログ「悩み」2020/10/29
https://lineblog.me/nakayamasatsuki/archives/2381878.html

吉野 靫(トランスジェンダー/クィア)

2006年、大阪医科大学ジェンダークリニックで医療事故に遭い提訴。これをきっかけに研究領域を変更し、トランスジェンダーに関する論文執筆を開始する。2010年、複数の条件で合意し勝利的和解。研究員や非常勤講師として大学に勤務し、2020年10月に『誰かの理想を生きられはしない とり残された者のためのトランスジェンダー史』(青土社)を上梓。

BY YUGI YOSHINO 
ILLUSTRATION BY KENRO SHINCHI