【ワールドカップ・日本代表】“逆転のサムライブルー”にカメラマンも大混乱!──田口有史が語るスポーツ名場面 Vol.37

この連載では、フォトグラファーの田口有史が切り取ったスポーツの名場面を、写真とともに紹介する。第37回は2022サッカー・ワールドカップ カタール大会1次リーグを首位で通過した日本代表だ。
【ワールドカップ・日本代表】“逆転のサムライブルー”にカメラマンも大混乱!──田口有史が語るスポーツ名場面 Vol.37

ドイツ撃破に大興奮

まるでジェットコースターに乗っているような気分だった。2022サッカー・ワールドカップ カタール大会の予選リーグ、日本の戦いを撮影した感想である。

日本が属するのは、2010年大会優勝国のスペイン、2014年大会優勝国のドイツと同じE組。死の組と言われたグループである。一次リーグ突破の可能性は低い。モチベーションが上がらない。でもチャンスがあるとすれば初戦のドイツ戦か。現場で撮影する自分が日本代表を信じないでどうする。そうやって気持ちを奮い立たせて、初戦のドイツ戦が行われるハリーファ国際スタジアムに向かった。

そのドイツ戦、前半は一方的に攻められる。やはりダメなんじゃないか。このままズルズルと終わってしまうのか。そんな気持ちになっていたところ、森保一監督は今までにない選手交代のカードを切る。0-1で前半を折り返すと、次々と攻撃的な選手を投入したのだ。

つまらないサッカーと批判されることが多かった森保監督だが、撮りながらワクワクさせられる攻撃サッカーをはじめて見せてくれた。すると、75分に堂安律が同点ゴール。そして83分には浅野拓磨が逆転ゴールを決める。劇的逆転勝利。スタジアムはまさに「ドーハの歓喜」に沸いた。

ドイツ撃破でカタール国内の空気が変わった。プレスセンターで取材にあたる他国の記者、カメラマンたちは、日本の戦いぶりを絶賛。街中では、飲食店やタクシー運転手からも「日本は強い、いいチームだ」と声をかけられる機会が増えた。

ストレスが溜まったコスタリカ戦

そんなムードのなかで迎えたコスタリカ戦。前節でスペインに0-7、今大会最弱説も出ていたコスタリカが相手だ。しっかりと勝ち点を確保し、決勝トーナメント進出を決めてくれることを祈った。しかし、ドイツ戦の戦いぶりはすっかり影をひそめてしまう。ボールこそ保持しているものの、攻めるわけでもなく、これといった撮影ポイントもないままにダラダラと時間だけが過ぎていく。後半に入ってもそれは変わらない。

「写真は撮れなくても構わない。もう引き分けでもいいよ」と思いはじめた81分。なんとこの大会、コスタリカがはじめてゴール枠内に放ったシュートが決まってしまう。コスタリカの老獪な戦略にまんまとハマってしまった。ドイツ戦の劇的勝利から一転、奈落の底に突き落とされたような気分だ。

コスタリカ戦後のドイツ対スペインが引き分けに終わって、ベスト16進出の条件が複雑になってしまった。とにかく次のスペインに勝つしかない。予選グループとはいえ、ワールドカップ優勝経験のあるドイツ、スペインを撃破しなくてはならない状況に追い込まれてしまった。絶望的な気分で迎えたスペイン戦だったが、再び気持ちを奮い立たせて、ハリーファ国際スタジアムに向かった。

今大会もスペインはラ・リーガの名門「バルセロナ」の選手を多く擁し、ダイナミックな魅せるサッカーで優勝候補のひとつに挙げられる。わずかにのぞみがあったドイツ戦とは違って、勝利のイメージがどうしても湧いてこない。どんなシーンを狙うべきか、イメージが固まらないまま試合開始を迎えた。

悪い予感は的中する。日本はボールを保持することができない。これといった見せ場、つまりシャッターチャンスがないまま、日本は11分に先制されてしまう。そのまま何の見せ場もないまま前半を終了してしまった。

試合ぶりを見ると、ドイツ戦後半の躍動は想像しにくい。むしろ、あの興奮を忘れさせるほどの低調ぶりではないか。後半はスペインの攻撃側に撮影ポジションを維持しようかと思ったほど、モチベーションが上がらない。

歓喜の田中碧を夢中で撮影

しかし、森保監督が動いた。後半から三笘薫、堂安律を投入すると、堂安がドイツ戦に続き同点ゴール。なんとその3分後、今度は田中碧が逆転ゴールを決めたのだ。

歓喜の瞬間!なのだが、一瞬反応が遅れた。じつはこの時、自分の撮影位置からは何が起こっているのかわからなかったのだ。というのも、撮影ポジションの抽選で最下位に近い番号を引いていた自分は希望する場所で撮影することは叶わず、ゴール裏にすらポジションを取ることもできず、タッチラインの真ん中に近い位置からその瞬間を撮影することになったからだ。

さらにほかの選手の影になったこともあって、何が起こっているかわからない。すると、田中碧が人混みから飛び出してくる。ほぼ、条件反射でシャッターを切った。

それでもこの時点でゴールの詳細はわかっていない。ラインを割るギリギリで三笘がボールを折り返し、それを田中がスペインゴールにねじ込んだことはその後の報道で理解した。

この10分間を除くと、日本はほとんどボールに触っていなかったように思う。正直なところ、何を撮影したのか記憶がないのだ。ふわふわした状態のまま試合は終了。カメラマン同士で喜びを分かち合いながらも、信じられない。地に足がついていないような感覚だった。

振り返ってみると、冷静に写真を撮らなくてはならないのに、なかなか平常心でいることが難しかった。何を考えて、何を思ってシャッターを切ったのか、記憶が曖昧なのである。言い訳をするつもりはないが、それほど一次リーグの日本の戦いぶりはあまりにアップダウンが激しかったように思う。

次戦は、初のベスト8進出をかけたクロアチア戦だ。新しい景色への扉を開いてもらいたい。そして、カメラマンとしては、ドイツ戦、スペイン戦とは異なる、安定した戦いぶりにも期待したいところだ。