オックスフォード英語辞典には、フェミニズムという言葉が「両性の平等と女性の権利とを擁護する」という意味で使われ始めたのは19世紀末からとあります。言葉だけ見ればおよそ130年の歴史となりますが、それ以前からも、フェミニズムという言葉を必ずしも打ち立てずに、フェミニズム的な主張を唱える人々は存在しました。たとえば、『フランケンシュタイン』(1818年)の著者として知られるメアリー・シェリーの母、メアリ・ウルストンクラフト(1759-97年)は女性の権利を訴えた社会思想家として、フェミニズムの先駆者のひとりとも言われています。
フェミニズムは「女性の生の可能性の拡大を求める思想や営み」だといえます。「生の可能性を拡大する」ためには、例えば権利が保障されることも重要だし、心身の安全が確保され、尊厳が尊重されることも、欠かせません。これはとても大きく多様な、生きることの根源に、そして隅々にまで、関わってくる営みです。そのような営みの総称としての「フェミニズム」がいつから始まって、何年からこういう流れになり……と歴史の教科書のようにきれいにまとめるのはなかなかむずかしい。それでもあえて流れを整理すると、19世紀末から現代までで、フェミニズムが特徴的な盛り上がりを見せる4つの波がありました。まずはざっくりとその特徴を見ていきましょう。
第一波は、19世紀末から20世紀前半にかけて高まった女性の相続権、財産権そして参政権を求めた運動に象徴されます。イギリスではサフラジェットと呼ばれる女性参政権獲得運動を繰り広げた女性たちが中心となり、それまで男性が独占していた政治や行政に女性が参加する権利を勝ち取りました。
第二波は、アメリカ合衆国でベティ・フリーダンが『新しい女性の創造』(原題『The Feminine Mystique:女らしさの神話』)を出版した1963年を出発点にすると言われることが多く、いわゆる女性解放運動(Women’s Liberation)もここで登場します。第一波が参政権などの公的な領域に焦点を当てたのに対し、第二波は、政治や経済活動などの公的な領域を担うのは男性、私的領域である家庭は女性、というジェンダー化された区分が存在していると指摘し、そのような構造を問い直そうとしました。このような第二波フェミニズムの問いは、社会全体に、そして私たちの日常の隅々まで、広く深く関わるものでした。第二派フェミニズムが提起した多くの問題は現在にも引き継がれ、議論が続けられています。
1980年代終わりから1990年代にかけて起こった第三波は、第二波の問題意識を引き継ぎつつ、あらためて「女性とは何か?」を問い直していきます。
特徴としては2つ。1つは、第二波を引き継ぎつつ、人種やセクシュアリティ、ポスト植民地主義などの問題の重要性をいっそう強調し、ダイバーシティやインターセクショナリティという観点が強調されたこと。
2つめは、外見や行動において、「フェミニストならこうあるべき」と決めつけるのではなく、個人の自由を尊重しようという主張をする女性たちが力を持ったことです。化粧やハイヒールは男に媚びた格好だ、社会が押しつけた「女らしさ」に従っているだけだ、という第二波で出てきた主張に対して、「私がやりたいからやっている。個人の自由でしょ!」という女性たちが力を持つようになりました。そう、ガールパワーですね。
第三波では、ポップカルチャーをうまく使い、ポップスターたちもフェミニストであることを打ち出すようになり、フェミニズムの裾野を広げていきました。
2010年代からの第四波の特徴は、問題へのアプローチの手法にあるとみています。SNS利用の急拡大にともなって、オンライン・アクティビズムとして運動への参加や問題意識が世界中で共有されるようになりました。18年にTwitterで起こった#MeToo運動はその典型でしょう。
ちなみに、第四波と同時にしばしば目にするようになった言葉にポストフェミニズムがあります。これは、私たちはフェミニズムがその政治的目標をすでにほぼ達成した社会に住んでいる、という理解を指します。ただ、どちらかというと、フェミニズム・シーンにおいてこの言葉は、否定的なニュアンスを含んで使われることが多いです。第二波以降のフェミニストたちが提起してきた問題の多くは、実際には、いまだ解決からは程遠いからです。
※次回は、フランケンシュタインから脈々と続くフェミニズムの課題、リプロダクティブ・ヘルス/ライツの視点から、フェミニズムの歴史を検証する。
Text: Akiko Shimizu, Motoko Jitsukawa Editor: Yaka Matsumoto
清水晶子|AKIKO SHIMIZU
東京大学大学院人文科学研究科英語英米文学博士課程修了。ウェールズ大学カーディフ校批評文化理論センターで博士号を取得し、現在東京大学総合文化研究科教授。専門はフェミニズム/クィア理論。著書に『読むのことのクィア— 続・愛の技法』(共著・中央大学出版部)、『Lying Bodies: Survival and Subversion in the Field of Vision』(Peter Lang)など。