CHANGE / DIVERSITY & INCLUSION

「男女の区別を超えて、ひとりの人間として存在したい」──エイジェンダーという個性で未来を切り開くジュノ・ミッチェル。【戦うモデルたち】

2020年2月、NYファッションウイークでマーク ジェイコブス(MARC JACOBS)のショーのオープニングを飾り、世界中から大きな注目を集めたモデルがいる。 「エイジェンダー(無性)」を自認するジュノ・ミッチェルだ。男女二元論ではなく、「個」を尊重するエイジェンダーとして、時に理解されず疎外感や孤独を感じ葛藤を抱えながらも、自身のジェンダーアイデンティティを強烈な「個性」へと昇華させたジュノが語る未来とは。

マーク ジェイコブス(MARC JACOBS)2020-21年秋冬コレクションのランウェイに歌手のマイリー・サイラスと登場したジュノ・ミッチェル。Photo: Peter White / Getty Images

「『ファッションはメンズとレディースにカテゴライズされているけれど、服や靴自体には男も女もないよね』とマーク・ジェイコブスに言われた時、ファッションに対して自分と同じ感覚を持っているデザイナーに、ついに巡り会えたと嬉しくなりました。彼は決して既存の枠組みにはめようとせず、ありのままの自分を受け入れてくれたのです。それは、はじめて感じる心地のよい空間でした」

こうイギリスのタブロイド紙に語るのは、世界のモード界で今注目を集めているモデル、ジュノ・ミッチェルだ。今年2月、NYファッションウィークのマーク ジェイコブス(MARC JACOBS)のショーで、あのマイリー・サイラスとともにオープニングを飾った新星だ。美しく貴族的な佇まい、知的で繊細なブラウンの瞳、そして妖艶でしなやかなシルエット──その唯一無二の輝きに、皆が息を呑んだ。

「マイリーと一緒にランウェイを歩くなんて、直前まで知りませんでした。バックステージで初めて彼女に会って、他愛のない話をしていたのですが、正直自分だけ浮いてるのではないかって内心すごく怖くて……。そんな私の緊張を感じ取ったのか、マイリーは『私は、あなたのためにここにいるのよ』と言ってくれたのです。温情のこもった言葉に、皆がありのままの自分の姿を受け入れてくれている、私は“よそ者”じゃないんだと確信できたことが、すごく嬉しかったのを覚えています」

自らのジェンダーに怯えていたと語るジュノ。しかしそれこそがジュノの個性であり、魅力であり、マーク・ジェイコブスが見込んだ大きな理由の一つでもあった。もっとも、2010年にトランスジェンダーモデル、アンドレア・ぺジックをいち早くキャンペーンに起用するなど、すでにジェンダーにオープンな感覚を持っていたマークがジュノに注目したのは、むしろ自然な流れだったと言える。

エイジェンダーゆえの孤独と葛藤。

2020年3月にパリで開催れたアレキサンダー マックイーン(ALEXANDER McQUEEN)のランウェイより。Photo: Kristy Sparow / Getty Images

ヒューマンライツキャンペーン財団によると、生物学上の「性別」とジェンダーアイデンティティが一致しない場合を「トランスジェンダー」というが、この中には「中立的(ニュートラル)」「流動的(フルイド)」、そしてジュノのような「どちらでもない(エイジェンダー)」等の認識を持つ人も含まれる。これはまた、「どの性に惹かれるか」という性的指向とは全く別の話で、あくまでも「自分が自分のジェンダーをどう認識しているか」に基づいている。

今では自身のことを「エイジェンダー」と公表しているジュノだが、その言葉と出合うまでには時間がかかった。男女のどちらにも区別できない自分のジェンダーに子どもの頃から疎外感を覚え、誤解されて深く傷つくこともあったという。

「忘れもしない2016年10月のこと。私は親しい友人たちとお化け屋敷の順番に並んでいました。すると、そこにいた大勢の前でスタッフのひとりが私に向かって言ったのです。『えーと、そこのミス? いやミスター? まあどっちでもいいや』と。すごくショックでした。世界は男と女の二択しかないのだという考えを当然のごとく突きつけられたようで、自分が他の人と違うことを痛感させられた瞬間でした。私の人生に大きな影響を与えた決定的な出来事だったと言えるくらいに」

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この出来事をきっかけに、ジュノはジェンダーのあり方について理解を深めようと、セクシュアルマイノリティの知人と議論を重ね、本やネットでリサーチに励んだ。そして、自分の性自認にぴたりとくる言葉「エイジェンダー」に行き着いたのだ。

「子どものころから私にはさまざまな疑問がありました。なぜ自分だけ、周囲の子たちのように男女で分けて考えられないのか。なぜ社会には、男はこうあるべき、女はこうあるべきという暗黙のルールがたくさんあるのか。なぜ自分の対人行動や服装が、そのルールに全く当てはまらないのか。そしてなぜ、シスジェンダーが普通とされる世界の常識への違和感を払拭できずにいたのか……。調べるほどに、今まで複雑に絡まっていた謎が紐解かれ、『エイジェンダー』という表現が一番腑に落ちたのです。ある意味、ここにたどり着けたのは、あの事件のおかげかもしれません」

インクルージョンを推進するジュノの個性。

2020年2月のNYファッションウィークでは、エクハウス ラッタ(ECKHAUS LATTA)のショーにも出演。Photo: Peter White / Getty Images

セクシュアルマイノリティへの理解が深まり、社会のダイバーシティ促進が求められる現在の世界において、ファッション界ではトランスジェンダーモデルが起用されることが増え、ジェンダーレスファッションも広く浸透しつつある。日本の自治体の中にも、性別の確認が不必要な場合は公的書類の性別欄そのものをなくす動きがある。海外では公的書類に男女以外の性別欄を設ける国が増え、オランダでは今年7月、身分証明証の性別記載を撤廃することが決まった。しかし、多様なジェンダーに対する社会のインクルージョンは、まだ道半ばだとジュノは話す。

「私からすると、ファッション業界のジェンダー多様性への理解は、それほど進んでいないと感じます。デザイナー、フォトグラファー、メディアに携わる人々など、それぞれの視点から出来ることはまだたくさんあります。それは、政治など他の分野でも言えることです。世界には、かつての私のように『この世界のどこにも居場所がない』と感じている人がまだたくさんいます。だから自分は、モデルとしての姿をみてもらうことで、少なからずそういった人々に勇気を与え、皆が理解を深められるきっかけになるのではないかと思っています」

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新たな性のあり方を身をもって示すジュノは、ニューノーマル時代に現れるべくして現れたモデルとも言える。US版『VOGUE』の「2020年秋冬の注目モデルトップ11」にも選ばれた。ジュノの眼前には今、孤独感に苛まれている人たちを照らす無限の可能性が広がっているという。性別にとらわれず、誰もが輝ける世界を実現したいというジュノのチャレンジは、今始まったばかりだ。

「よくエイジェンダーって何? と聞かれますが、自分としては、ただ『ひとりの人間として存在したいということ』としか言えないのです。私たちが生きているのは、男と女しか存在しないバイナリーな世界ではありません。そうした考えによって時に傷ついたり、不安で心がかき乱されたりすることもありますが、今は自分を理解し愛してくれる人がいる。自分らしくいることが、何より大切なのです」

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Text: Masami Yokoyama Editor: Mina Oba