公道、大歓迎!──新型ホンダ・シビック・タイプR試乗記

新型ホンダ「シビック」の高性能バージョン「タイプR」に大谷達也が試乗した!
市街地も大歓迎!──新型ホンダ・シビック・タイプR試乗記

街を走る意味

私が新型シビック・タイプRに試乗するのはこれが3度目だが、ドライブした環境はそれぞれまるで異なっている。

最初は鈴鹿サーキットでの全開走行。ここでは、前輪駆動とは思えないほど優れたトラクション性能とコーナリング性能を実現しつつ、決して神経質ではない懐深いハンドリングを確認できた。

【主要諸元】全長×全幅×全高:4595×1890×1405mm、ホイールベース2735mm、車両重量1430kg、乗車定員4名、エンジン1995cc直列4気筒DOHCガソリンターボ(330ps/6500rpm、420Nm/2600〜4000rpm)、トランスミッション6MT、駆動方式FWD、タイヤ265/30ZR19、価格499万7300円。

軽量なアルミダイキャスト製のステーを採用したタイプR専用リアスポイラー(グロスブラック)。

2度目のステージはワインディングロード。ここでもタイプRの優れたシャシー性能に圧倒される思いだったが、それ以上に印象的だったのがドライブトレインの官能性で、まわせばまわすほどシャープになるエンジンと絶妙なシフトフィールに惚れ惚れとしたことを思い出す。

そして今回は、“街”でタイプRの走りをチェックすることになった。

タイプRは、新世代プラットフォームを採用した新型シビックがベースだ。

サイレンサー中央にアクティブ・エキゾーストバルブ機構を搭載し、回転数に応じてバルブ開度をコントロールする。

「タイプRで一般道を走った印象なんて、別に要らないでしょ?」

あなたはそういうかもしれない。けれども、レーシングカーでない以上、必ず公道を走る機会はあるだろうし、そこでの快適性がある程度、確保されていなければ、ワインディングロードやサーキットに足を伸ばす機会も少なくなるはず。だから、私はどんなハイパフォーマンスモデルであっても、街を走った際のインプレッションに一定の重みがあると信じている。

偏光ガンメタリック塗装を使ったインパネまわり。センターコンソールパネルはアルミ製だ。

インパネにはシリアルナンバーが刻まれたプレートも付く。

では、新型タイプRを都内で走らせた印象はどうだったのか? 早速、ステアリングコラム右側のダッシュボード上に位置するスタート・ストップ・ボタンを押して、エンジンを始動させてみよう。

“普通の路面”での快適性

2.0リッターの排気量から330psと420Nmを絞り出す「K20C」は瞬間的なクランキングで素早く目覚めると、滑らかにアイドリングを始めた。ここで不安定なまわり方をすることもなければ、爆音を発するわけでもない。事前に知らされていなければ、これが“ニュルブルクリンク最速FF車の座を狙う高性能車”とは夢にも思わないだろう。

ブレーキシステムはフロントに、ブレンボ社製モノブロックアルミ対向4ポットキャリパー+350mm大径2ピースディスクを搭載。

最⾼出⼒330PS、最⼤トルク420Nmを発揮するタイプR専用エンジン。

冬の朝には、ヒヤッと冷たく感じられるに違いない金属製シフトレバーを握って1速に送り込む。このときに必要な操作力は軽く、エンジン横置きのリモコン式シフトリンケージであることが信じられないほどカッチリとした感触が手のひらに伝わってくる。

それにしても、目指すギアの途中までシフトレバーを操作すると、そこから先は文字どおり吸い込まれるようにしてギアがエンゲージされるこの感触は、世界中のどんなマニュアルトランスミッションと比較しても負けていない。とりわけ、ヨーロッパ製MT車の多くは、シフトストロークが長めなうえに操作に必要な力が大きく、ゲートの感触もゴリゴリとして決してスムーズとは言いがたいことをあらためて指摘しておきたい。

高剛性6速マニュアルトランスミッションを採用。シフトノブはアルミ削り出しだ。

金属を使ったペダル類。

そうそう、クラッチペダルの操作力も不当に重いとはいえない。しかも、クラッチがつながる感触を的確に伝えてくれるので、しばらくMT車から遠ざかっていたという“MTリターン組ドライバー”からも歓迎されることだろう。

乗り心地も、ゴツゴツしていない。いや、ちょっとした段差を乗り越えたときのショックは、むしろ驚くほどスムーズで拍子抜けするほど。このゴツゴツ感のことを、われわれはハーシュネスと呼んだりするが、ハーシュネスの遮断がヘタなクルマに乗っていると不快だし、すぐに疲労が溜まってしまう。その意味で、タイプRには街を走ったときでも一定の快適性が確保されているといえる。

ミシュラン社と共同開発したタイヤを履く。異なるトレッドコンパウンドを組み合わせる独自製法により、ウエット性能や摩耗性能を保持したまま、優れたドライグリップ性能を獲得した。

もっとも、サスペンションの基本となるスプリング自体はそれなりに硬く、段差の大きな道路のジョイント部や深い窪みなどを通過すれば明確なショックを伝える。でも、その“激しさ”は、この種のスポーツモデルとしては決して過大とはいえないし、そもそも、それほど大きな上下動に一般道で遭遇する機会は決して多くないだろう。むしろ、そこまで大きくサスペンションがストロークすることのない“普通の路面”での快適性が、強く印象に残るはずだ。

工皮革の「アルカンターラ」を使ったステアリング・ホイール。

フロントワイドビューカメラと前後8つのソナーセンサー、レーダーを組み合わせた先進の安全運転支援システムを採用。ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)なども搭載する。

ひとつだけ改良をお願いしたい点

この乗り心地には、深紅の生地が張られたバケットシートも大きく貢献している。深いシェイプにより、サーキット走行では強大な横Gにさらされたドライバーの上半身を確実に受け止めてくれるこのシートは、絶妙としかいいようのない硬度のクッションが組み合わされていて、細かな振動やショックをすっかり吸収してくれる。

しかも、これだけスポーティな形状なのにリクライニング機能も備えているので、どんな体型のドライバーにも適切な姿勢を提供できるはずだし、長距離ドライブで疲れた身体を休めるにもうってつけ。

大開口グリルから取り込んだ空気を、大径・高性能ラジエターに送り込み、排熱をフロントフード上のベントから逃がすエアフローレイアウトを採用。

ドライブモード「+R」専用のメーターディスプレイ。

センターコンソールに設置されたドライブモードの切り替えスイッチ。「+R」、「SPORT」、「COMFORT」、「INDIVIDUAL」から選べる。

もし私が都内でタイプRを操っているとき、誰かに「このまま鈴鹿までドライブして欲しい」と、頼まれたら、喜んでその依頼を引き受けていただろう。それくらい、タイプRのロングツーリング性は優れている。

あえて不満を述べるならば、都内を普通に流している範囲では、ワインディングロードで味わったような官能性がほとんど見いだせなかったことだろう。もっとも、都内を走っているだけでビンビンと刺激を感じてしまうようなクルマだったら、かえって疲れがたまって長距離ドライブには向かないかもしれない。

タイプR専用のバケットシート。

リアシートの中央部分にはカップホルダーが備わる。

新型タイプRをこよなく愛する私にも、ひとつだけ改良をお願いしたい点が残されている。それは路面が荒れたワインディングロードをスポーツ・モードもしくは+Rモードで攻めていると、ときとして激しい上下動を繰り返すことにある。

これは、路面のうねりの周期と車速がシンクロしたときに起きるもので、普通のドライビングでは滅多に経験しないだろうが、“恐ろしく洗練された超ハイパフォーマンスFFモデル”の新型タイプRにとって、決して好ましいクセとはいえない。

大開口で使いやすいラゲッジスペース。

60:40分割可倒式リアシートを採用。

もっとも、ここまで完成度の高い足まわりを作り上げたホンダの技術者たちであれば、この弱点を解消するのも決して難しくはないはずと私は強く信じている。

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文・大谷達也 写真・安井宏充(Weekend.)