リッキー・ファウラーが勝てない理由とは?
アメリカのゴルフ界は、今季最初のメジャー大会「マスターズ」(4月6日~9日)の開幕を1週間後に控え、すでにお祭りムードに沸いている。だが、マスターズの前には、もう1つ、PGAツアーの大会が残されている。
今週の「バレロ・テキサス・オープン」(3月30日~4月2日)は、まだマスターズ出場資格を得ていない選手がオーガスタ・ナショナルへの最後の切符を手に入れるラストチャンス。この大会で優勝すれば、翌週のマスターズに出ることができる。
そして今、アメリカの多くのゴルフファンが期待を寄せている展開は、「優勝すれば、マスターズ」の希少なチャンスを国民的スター選手のリッキー・ファウラーが掴み取るという感動のドラマだ。
カリフォルニアで生まれ育ったファウラーは、「ユタカ」という名の祖父を持つ日系アメリカ人。自身も「ユタカ」というミドルネームを持つファウラーは、名門オクラホマ州立大学卒業後、2009年にプロ転向。すぐさま上位入りする活躍を見せ、端正な顔立ちと優れたファッションセンスも手伝って、瞬く間にビッグスターになった。
最終日にはオレンジ色のウエアに身を包むファウラーに倣い、試合会場には全身オレンジ色の子どもたちや女性ファンが詰め寄せて大賑わいになった。
優勝争いには何度も絡んだ。しかし、デビューから2012年の初優勝までには3年を要し、そこから先も勝てそうで勝てないことを繰り返した。2015年の春には「人気ばかりで勝利が伴わないファウラーは過大評価されている」と米ゴルフ雑誌から酷評されたこともあったが、彼はその翌週、プレイヤーズ選手権を見事に制し、通算2勝目を挙げて「過大評価」の汚名を自力で払拭した。
「第5のメジャー」と呼ばれるプレイヤーズ選手権でタイムリーな勝利を飾ったファウラーの実力を疑う者はいなくなり、彼はその年のシーズンエンドにドイツバンク選手権でさらなる勝利も飾った。
波に乗ったファウラーは2016年2月のフェニックス・オープンで、日本のエース、松山英樹と激しい優勝争いを演じた。しかし、サドンデス・プレイオフを制したのは、ファウラーではなく、松山だった。
惜敗したファウラーは米メディアに囲まれた大きな輪の真ん中で溢れ出す涙を止めることができなかった。その涙の意味を、ファウラーの父親がこっそり教えてくれた。
「家族の中で私と彼の祖父の2人だけが、彼が勝利する姿をまだ目の前で見たことがないんです。リッキーは私たちにそれを見せたくて必死に戦った。でも、それができなかったことが、彼にとっては負けたという事実以上に辛いんだと思います。優しい子なんです」
自分のためと言うよりも、父と祖父を喜ばせるために勝ちたいと願っていたファウラーに対し、一部の米メディアは「誰かのために勝つことはできない」「ファウラーは優しすぎるから勝てない」と書いた。
確かに、弱肉強食のプロゴルフ界においてファウラーは、アスリートしては「甘すぎる」「優しすぎる」のかもしれない。しかし、ファウラー自身は、こう言っていた。
「その通りなのかもしれない。でも、『誰かのために』という想いを拭い去ってプレーすることは、僕にはできない。誰かと一緒に勝ちたいという願いが叶えば、それが僕にとって最高の瞬間になる」
松山に敗れ、父と祖父を喜ばせることができなかった無念に涙を流したファウラーは、しかしそれから数十分後、日本メディアの輪の真ん中で優勝インタビューを受けていた松山のそばを通り抜けながら、こんな言葉をかけた。
「ヒデキ、またやろうな」
それは、敗者が勝者に爽やかな笑顔で贈った最高の祝辞だった。
過大評価されているのか、優しすぎるのかどうかはさておき、ファウラーがスポーツマンシップに溢れるナイスガイであることを、私はあのときあらためて肌で感じ取り、きっと彼はどんなときも国民的スターとして愛され続けるだろうと思った。
それからもファウラーは、いつも誰かのために戦っていた。2度の白血病を乗り越え、戦線復帰したオーストラリアのジャロード・ライル(故人)を「僕の親友」として支え続けた。
気管に重い障害を抱えて生まれたアリゾナの少年(故人)と試合会場で出会って以来、5年間の交流を続け、少年の写真を付した缶バッジをキャップやゴルフバッグに付けてプレイするなど、最期まで励まし続けた。2018年からは、ハリケーン被害を受け、心臓病とも戦っているテキサスの少年をずっと励まし続けている。そうすることが「僕がゴルフをする意味だ」と彼は言う。
松山に惜敗して泣いたあの日から3年後の2019年フェニックス・オープンで、ファウラーはついに勝利を挙げ、父と祖父に初めて雄姿を披露した。
しかし、通算5勝目となったその優勝以降、彼は徐々に不調に陥り、ランキングは下降。ここ2年間はマスターズをはじめとするメジャー大会への出場資格を満たせなくなり、今年もオーガスタ・ナショナルへの切符をまだ手に入れることが、できていない状況にある。
とはいえ、今年は成績が上向き始め、世界ランキングも上昇し始めている。マスターズ前週までに世界ランキング50位以内に入ってマスターズ出場資格を得ることは僅差で叶わなかったが、チャンスは、あと1つだけ残されている。
それが、マスターズ前週のバレロ・テキサス・オープンで「優勝して、マスターズへ」という道だ。
ファウラーのマスターズにおける自己最高位は2018年の単独2位。常に誰かのために戦い、誰かのために勝利を目指すファウラーに「マスターズに出てほしい」「オーガスタ・ナショナルで勝って、グリーンジャケットを羽織る姿を見せてほしい」と願っているファンは世界中に大勢いる。
だから今週は、そんなファンのためにバレロ・テキサス・オープンで勝利を挙げ、オーガスタ・ナショナルへの「最後の切符」を掴み取る感動のドラマを演じてほしい。
そして来週は、ファウラーがマスターズで世界を沸かせ、「最高の瞬間」をみんなで噛み締めるさらなるドラマを、是非とも見たいと願っている。
Sonoko Funakoshi
ゴルフジャーナリスト
東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。以後、在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウェブ等に幅広く執筆。近年は講演やテレビにも活動の範囲を広げ、ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」が好評ネット中(四国放送、栃木放送など)。『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)、『TIGERWORDS』(徳間書店)など著書訳書多数。アトランタ、フロリダ、NY、ロザンゼルスを経て、現在は日本で活動中。
文・舩越園子(ゴルフジャーナリスト) 編集・神谷 晃(GQ)