フェアレディZやシビック タイプRの中古相場も安定?──中古車市場の“爆騰”がひと段落の理由とは?

一時は新車の2倍の高値がついたフェアレディZやシビック タイプRだったが、コロナの終息と足並みを揃えるように、中古車全体の相場は落ち着きを取り戻しつつあるという。自称“中古車ジャンキー”の自動車ジャーナリスト、渡辺敏史が解説する。
フェアレディZやシビック タイプRの中古相場も安定?──中古車市場の“爆騰”がひと段落の理由とは?

フェアレディZやシビックタイプRの中古相場も改善

コロナ禍を経験して、もっとも変わったこと。自分の場合は、日々消費するものの相場勘が思いがけず鍛えられたことだった。

理由は単純。例の緊急事態宣言とやらで自宅籠城を決め込まざるを得なくなった際に、「やむを得ない買い物のための外出は代表1名で手短に……」みたいなお触れが出回り、自ずと代表1名としてスーパーに差し向けられるようになったからだ。最初はスマホに送られたメモに沿って機械的にカゴにブツを放り込んでいたが、そのうち、今日は鶏ももが安いとか、枝豆はまだ出始めで高いとか、冷凍食品はポイント10倍デーにまとめて……とか、前向きな気持ちも芽生え始めた。よもやスーパーの値札にこれほど一喜一憂する自分が出来上がるとは、コロナ前には想像もできなかったことだ。

値札といえばこの3年、酷いことになっているのが中古車相場だ。といっても、フェラーリランボルギーニランボだと富裕層の皆様が血眼で追いかけているタマの話ではない。庶民的なマイカーみたいなものにまで暴騰の波が及んでいる。免許を取ってかれこれ40年近く、お得な中古車を掘り出すことを生き甲斐にしてきた自分的には全然やる気が湧かず、もはや朝起きる理由は大谷翔平のホームランくらいと、日々の楽しみは実家の老母と相違ない。

中古車暴騰の契機となったのは、コロナ禍による半導体の急激な需要変動だ。人流抑制や経済活動停滞を見据えて製造業が生産計画を大幅に縮小する一方で、リモートワークに迫られてのラップトップやタブレットなどの需要が急拡大したことによって、半導体製造のリソースが高性能・高価格側に傾き、自動車用などに用いられる耐久性命の安くて古い半導体が新車需要の回復と連動して猛烈な供給不足に陥ったというわけである。

新車が買えないとなれば必然的に中古車の人気が高まるわけだが、加えて円安基調やロシアへの経済制裁によって中古車の輸出需要が押し上げられたことも、国内のタマ不足に拍車をかけた。個人的に中古車流通の数値的な指標にしているのは、カーセンサーとトヨタ認定中古車のサイトに掲載される台数なのだが、21年下半期~22年上半期はカーセンサーが40万台あたま、トヨタは4万台を切る時もあるなど、その数は平時よりも2割は低い状況だった。

新車が買えず、中古車が急速に売り手市場へとシフトする中、国内需要的には新古と呼ばれる登録済み未使用車が急減。以前ならお払い箱だった10万km超の多走行車にも値が付き始めるなど、全体相場の押し上げが目立つようになった。

一方でロシアへの経済制裁により工場出荷が停止、600万円以上の車両は日本からの輸出が不可となると、その額内に収まりそうな黒いハリアーが奪い合いになったり、東南アジアの富裕層に人気が高い白いアルファードの特定グレードが爆騰するなど、ニーズは世界の時流を敏感に反映しながら特異な動きを見せ始める。輸入車については、円安による新車価格の相次ぐ値上げが、中古車価格を引っ張り上げるという事態も起きた。

しかし22年下半期以降、新車の流通状況は徐々に改善がみられるようになり、23年に入ってからはごく一部の車種を除いて納期は全般に短縮されつつある。

トヨタを例に挙げれば、一時はオーダーが積み重なり2年待ちとも言われていたハリアーは今年に入って強力な増産体制を敷いたようで、3月の登録は1万1000台超。それも手伝って納期は1年を切る辺りまで巻き返した。ちなみに同等数を登録したノアの納期目処は公式アナウンスで6カ月以上とされている。

また、一時は4年目処ともいわれた納期王のランドクルーザーも3月には約8000台を登録。ゴリゴリと作っていることが伝わってくる。

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中古車のタマ数もコロナ禍前に戻った?

新車の供給が改善されれば、下取り等々が増えて自ずと中古車の流通量も上がるわけで、現在はカーセンサーの掲載数は50万台前半、トヨタの認定中古車は5万台後半と、完全にコロナ禍前の水準に戻ったかたちだ。受注が停止しているフェアレディZやシビック タイプRなどは、いっとき新車価格の2倍に近い値札が下げられていたが、その状況も改善しつつある。単価が高いうえ、流通台数が限られるごく一部の車種は、利幅の取れる投機的な意味合いも含めての争奪戦により相変わらず価格が釣り上がっているが、全体の相場としては落ち着きを取り戻しつつあるというのが現況だと思う。

一方で、このコロナ禍を経て確実に変わったのは、自動車メーカーやディーラーの中古車に対するスタンスだ。前はガンガン値引いてでも、ともあれ新車を押し込むのが最優先という姿勢だったわけだが、売る新車がないという前代未聞の経験を踏まえて、中古車の売買で客を繋ぎ、収益を安定化させるという方向に商売のベクトルが変化した。

今、現場では良質な中古車を確保するために、残価設定ローンやサブスクリプションを強化したり、長い納期を逆手に取って人気車の既納客に金銭的な負担を最小限に留めつつ、1年後に同等車種への乗り換えを勧める、などのセールスが積極的に繰り広げられている。いずれも得られた中古車はオークションなどに出回ることなく自社のネットワークで販売されることが前提だ。

これが定着してくると相場の高値安定化のみならず、時の人気車種を安値でたくさん売ることを由としてきたこれまでの中古車店の商売のやり方にも影響は及んでくるだろう。市井で“安旨”を探してはコスパの優劣に一喜一憂し続けてきた中古車ジャンキーとしては、なんとも厄介な時代になっちゃったもんだと思う。

文・渡辺敏史
編集・神谷 晃(GQ)