なぜ、君はマラソンを走るべきなのか?長距離走のプロにコツを学んでわかったこと

42.195kmを走るために、片足をもう一方の足の前に出すことの、“崇高な無意味さ”の魅力とは。30歳を目前にマラソンを始めたUS版『GQ』ライターのクレイ・スキッパーが、自身の体験と専門家たちのアドバイスとともに綴る。
なぜ、君(そう、これを読んでいる君)はマラソンを走るべきなのか
Simon Bruty / Getty Images

2回目のマラソンを終えてから1週間後に、それは起きた。私は大便を漏らしてしまったのだ。これはマラソン選手がとりわけ恐れていることである(だからこそ、どのコースにも「おならを軽く見るな」という標識を見かけるのだろう)。

フルマラソンを走るために体を追い込む過程で、大腿四頭筋が動かなくなったり、もっと悲惨な例では、腸の中身が放出されたりといった反発が起きることがある。幸いなことに、私が胃腸の復讐に見舞われたのは、何千人もの観衆が見守る大会当日ではなく、その8日前に行われた8マイル(13キロ)の気軽な調整大会だった。その日は週末に行われた結婚式に参加して一夜明けたばかり。結婚式で私は数え切れないくらいIPAを何杯も飲んだのだった。

そこで疑問なのが、なぜ私はとりあえず寝ることを選ばず、走ってしまったのか?ということだ。14週間のトレーニングのうち13週間分を終え、すでに「テーパリング」(マラソン大会までの最後の3週間を指し、大部分のトレーニングで走行距離を伸ばしたあと、体を完全に回復させるために走る距離を減らしていく期間)に入っていたのだ。10月初旬のことだったが、7月から既に301マイル(484キロ)走っていた。あと8マイル走っても、たいした違いは生まれない。

でもじつは、約3年前に初めてマラソンを走ったとき、大きな教訓を得ていた。それは、マラソンを完走するのは簡単ではないが、単純だということ。そして、基本的にすべては一貫性に帰着する、ということだった。

努力がそのまま形になる、マラソンという体験

Anadolu Agency

フルマラソンを走るなんて狂気の沙汰だと思う人もいるだろう。私もそうだった。大人になるまで、ランニングはたいてい、スポーツをするために体型を維持する方法、あるいはトレーニング中の罰ゲームとして行われるものだった。しかし、2018年、30歳を目前にして、健康そのもので、とくに慌ててもおらず、ドラッグをやっていないと証明する必要もなかった私は、ニューヨークシティマラソンに挑戦することにしたのだ。このときに、マラソントレーニングという、楽しくて、ちょっと病みつきになるような、直線的な進歩が期待できるものと出合った。

マラソントレーニングは、人生において努力がそのまま形になって表れる、数少ないものの1つだ。自分に合う​​プログラムを見つけたら、毎日、何週間もやり続ける。3カ月後、幸運にも健康を維持できていれば、まるで奇跡みたいに、想像していたよりはるか遠くまで走れていると気づくだろう。すごく強烈な体験だ。だから、2021年の夏のはじめに、ナイキからシカゴマラソンのメディアチームに向けて「参加しないか?」と声がかかると、私はすぐに「ありがとうございます。もう一大会走りますよ!」と何かをおかわりするみたいに答えたのだ。そして、あの日の朝、彼らが考案したトレーニングプログラムに、二日酔いの体をベッドから引きずり出したほうがいいと指示されると、それに従った(とはいえ、コーチたちがその日の私を実際に見ていたら、自分の体の声に耳を傾けるよう助言してくれたようにも思う)。

ところで、私はマラソンランナーがマラソンを伝道するほどいやなことはないと思っている。それにウンチを漏らした自分が、権威ある立場にいるわけではないことも承知している。それはいいとしても、これだけは言わせてもらいたい。もしマラソンを走ろうかどうしようか考えているなら、あるいはそうでないとしても、絶対にマラソンは走るべきだ。これまでに話したマラソン経験者はみんな(私たちはマラソンの話をするのが大好きなので、かなり大きなサンプルサイズになってしまうが)マラソンによって変化を体験している。だが、私が2度目のマラソン大会で学んだように、適切なコーチング(それに装備とトレーニングプラン)があれば、さらなる変化を感じることができるのだ。そこで、私がシカゴで2回目のマラソンを走ったときに役立ち、1回目に知っておきたかったことをいくつか紹介したい。マラソンを走りたいと思っている人にも、そうでない人にも、参考になれば嬉しい。

専門家がアドバイスする、うまく走るためのコツ

Chris Tobin
加速したいときは腕を後ろに引くこと

自分の足を使いはじめてから32年間、なぜか習得できなかった“速く走る(驚きの!)”方法を知ることができたのは、長距離ランナーだったイギリスのジュリアン・ゴーターが執筆した『The Art of Running Faster(速く走る技法、未邦訳)』を手にしたおかげだ。たとえば、坂を上るときは、ケイデンス(1分間あたりの足の回転数)はそのままに、歩幅を短くすれば、「低速ギア」に切り替えられる。また、腕の動きが速くなれば足も速くなるので、加速したいときは足ではなく、後ろの人に肘鉄を食らわすように腕を「引く」ことに意識を集中させるといい。

無理そうでも、意外と深く呼吸できる

頑張って走っているときは息切れしないようにするといい、というゴーターのアドバイスにはとりわけ困惑したが、同時にそれは最も有益な情報だった。クロスカントリーの元ナショナルチャンピオンであるゴーターは「無理だと思えるような状況でも、ゆっくり深く呼吸することができる」と書いている。「多くの人はそんなことは無理だと言います。たとえば、坂道を駆け上がったり、繰り返し速く走ったりすると、否応なしに息苦しくなって、ひどく喘ぐことになる。息が切れると思うとパニックになってしまいます。ゼーゼーと息をしなければ酸素不足で倒れてしまう、と思ってしまうのです。でも息切れとは反射的なもので、酸素を必要とすると、無意識に体がそうさせるのです」

ゴーターの言うことが、常軌を逸した、まったくのでたらめのように聞こえるだろうか? 私も初めは同じように思った。でも、試しにやってみたのだ。ゴーターは、3歩分息を吸っては3歩分吐くというように、息をするタイミングを歩幅に合わせるよう提案している。しかし彼によると、より新鮮な空気を取り込むためにも、息を吸うよりも吐く方が重要ということなので(これも私にとっては新たな発見だった)、少しだけ彼のアドバイスを変えて、息を吸うよりも1歩分多く息を吐くことにした。するとこれが、驚くことに功を奏したのだ。息切れしそうになると、いつもなら苦しくゼーゼーと息をするところを、2歩分吸って3歩分息を吐くことに集中した。快適と言うには程遠いし、反射的に息苦しくもなったが、2歩・3歩のケイデンスを繰り返すうちに、予想をはるかに超えて長く呼吸を保てるようになった。私よりずっと経験豊富なランナーが、この突然の啓示をうまい比喩で説明していた。「自分のことをたるんだ輪ゴムだと自覚するようなものだ」。自分で自分を伸ばすと、思ったよりはるかに長く伸ばせることがわかる、と。

遅めのペースで練習しても、効果は得られる

私はニューヨークマラソンを3時間44分で完走した──つまり、1マイル平均8分33秒(1キロ5分18秒)で走ったことになる。シカゴでは、3時間30分を切りたいと考えていたので、1マイル平均8分(1キロ4分58秒)だ。もっと速く走るためには、もっと速いトレーニングを行わなければならない。ナイキが考案した14週間のトレーニングプランによると、スピードワークアウトとは、マラソンのペースよりかなり速く短時間走ることで、1回ごとにリカバリータイムをほとんど取らない。トレーニングをはじめた頃は、400メートルのトラック1周を3セット、1マイル7分15秒(1キロ4分30秒、1周約1分50秒)のペースで走り、1周ごとに1分のリカバリータイムを設けていた。トレーニングが終わる頃には、このペースを「10分×5セット、セット間に約90秒の休息」という内容でも維持できるようになった。

しかも驚くことに、これを行うのは週に1度だけで、それほど長い時間はとらない。そして、スピードワークアウトを行う日に向けて体を調整するために、その他のトレーニングはすべて、実際にマラソンを走るペースよりもかなりゆっくり行う。よって私は、残りの2日間の中距離(通常は6マイル[9.6キロ]程度)と、1回の長距離(ピーク時には22マイル[35.4キロ]までいく)においては、目標とする1マイル平均8分よりもゆっくりのペースで走った。つまり、大会までに行ったランニングの大部分は、レースで走りたいと考えていたペースよりもずっとゆっくり行われたということだ。不思議な感じだが、実際に効果があった。

オリンピックの東京2020大会女子マラソンで銅メダルを獲得したモリー・サイデル選手。

Clive Brunskill
練習を通じ、達成可能だと脳に教える

2021年6月、マラソントレーニングをはじめる直前に、オリンピック女子マラソン銅メダリストのモリー・サイデル選手に話を聞けたのは幸運だった。「トレーニングとは、一定のペースで走って、その速さで走れるように体を鍛えることではないんですよ」と彼女は言った。「そのペースで走っても大丈夫だと、脳に教えることなんです。今回は死ななかった、だから次も大丈夫って。ありえないくらい辛いけど、このペースでなら13マイル(20キロ)走れる、ってね」

それこそが、スピードワークアウトだ。有酸素性作業閾値を上げることでより速く走れるようになるだけでなく、短時間のスピードトレーニングで自信をつけ、不快な状態でより長い間いられることを、教えてくれる。トレーニングをする前に、1マイル7分15秒(1キロ4分30秒)の速さで何回走れるか尋ねられたら、きっと私は「おそらく2回」と答えただろうし、最大でも3回としか言えなかっただろう。しかし、1マイル7分15秒で10分×5セット走らなければならなかった日、そのペースを約50分間も維持できたのだ(そのうちの1セットでは、1マイル6分48秒[1キロ4分14秒]を記録することも)。次の週、12マイル(19キロ)走ったときには、最後の1マイルを6分11秒(1キロ3分50秒)のペースで走った。

大会当日に辛くなったときも、トレーニングのことを思い出し、サイデルが言ったように、ありえないくらい辛くても、走り続けられると実感していた──前にも経験したのだから、と。26マイル(42キロ目)を1マイル6分58秒(1キロ4分19秒)で走り、3時間26分でゴール。目標タイムより4分も速かった。

片足をもう一方の足の前に出し、繰り返す

マラソン大会で最後の数キロを走る過酷さを乗り越えるのに役立った、もう1つの秘訣は、前回のパラリンピックで2つの金メダルを獲得した自転車選手、オクサナ・マスターズから学んだ。彼女はレース中に苦しくなってきたら、1から10まで何度も何度も数えるのだそうだ。私は20マイル(32キロ)を過ぎたあたりから、次のキロ地点まで行かなくてもいい、あと10歩進めばいいと思うようにした。それから10歩ずつ進みながら、残りの6マイル(10キロほど)を走り切った。このやり方は、大半のマラソントレーニングにも応用できる。トレーニングをはじめたばかりの頃は、これからやることを考えて、ひるんでしまうかもしれないが、全部やる必要はない──その日に必要なことをやればいいだけだ。このトレーニングはまた、巨大なプロジェクトを少しずつ進めていく大切さを教えてくれる。北極点、南極点に到達し、エベレストに登頂した探検家アーリング・カッゲが著書『静寂とは』に記した、素晴らしく控えめな言葉がある。「南極点までたどり着く秘訣は、片足をもう一方の足の前に出すこと、そしてそれを何度も繰り返すことだ」

一歩一歩は、想像以上に早く積み上がる

はじめてのマラソン大会に向けてトレーニングをする間、私はいつもマイル数を目標にして走っていた。しかしナイキはたいてい、マイル数ではなく、時間を目指して走ることを勧めてきた。1時間走ると思う方が、その時間で網羅する7、8マイル(11〜12キロ)を走ると考えるよりも心理的負担がずっと軽くなるように感じる。また、1時間走ると決めた方が、より長距離を走れるという利点もあった。9月末に「Nike Run Club」のアプリを確認して、16回のランニングで120マイル(193キロ)以上走っているという記録を見たときには驚いたものだ。4回のランニングで計39マイル(62.76キロ)走るという、トレーニングがピークを迎えて最も激しくなった週は、合わせて112時間ほどの起床時間のうち、5時間半しか走っていなかった。つまり、走行距離を伸ばす近道はないが、伸びていく速さに驚かされるかもしれないということだ。

夏冬パラリンピックで金、銀、銅のメダルを獲得しているマルチパラアスリート、オクサナ・マスターズ選手。

Moto Yoshimura
レースもトレーニングのうちだと考える

マスターズが、レースもトレーニングのうちだという気持ちで取り組んでいる、と言っていたことが今でも心に残っている。「今日の順位が最下位だったとしても、大丈夫なんです。明日は何からはじめればいいかわかっていますから」と彼女は言った。「あるいは、完走して表彰台の一番上に立つことができれば、それが新しいスタートラインになるんです」。迫りくるレースに向けてトレーニングに集中し、そのことばかり考えてしまうと、マラソンは「大きな出来事」になる。すると返って大きなプレッシャーになってしまうのだ。

私はマスターズの言葉を胸に、瞑想やヨガと同じように練習だと思ってランニングに取り組むようにした。すると、それほど深刻に考えなくなり、外圧ではなく内側からモチベーションが生まれるようになった。皮肉なことに、この15年間ではじめて、自分のことを“ランナー”(単なる走っているだけの人ではなく)だと思えるようになったのだ。この切り替えには喜びを感じた。私はトレーニングを、ToDoリストの「2回目のマラソンを走る」という項目にチェックを入れるためにやるものではなく、ランニングを深める方法として捉えるようになった。そのおかげで型を学び、以前ほど深刻になりすぎなくなった。つまり、楽しめるようになったのだ。だからこそ、最終的に目標を達成できたのだと思う。そして、それはまさに、3回目のマラソン大会に向けたトレーニングの口火が切られた瞬間となったのだった。

Translation: Miwako Ozawa

FROM: GQ.COM

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