コンテンツにスキップする

スタートアップ育成に税制の壁-優遇措置で後れ、投資家は落胆

  • 長期視点で「リスク取った投資家・起業家」に恩恵を-自民・平議員
  • 信託型ストックオプションの税率巡り混乱、「萎縮効果」との指摘も

岸田文雄政権が経済成長の柱と位置付けているスタートアップ育成策に、制度上の裏付けが追い付いていない。キャピタルゲイン(株式売却益)への優遇措置など税制面の環境整備が諸外国に比べ後れているためだ。政権が目指す「経済の好循環」実現への足かせとなりかねず、政府は対応を迫られている。

  新興企業への投資を優遇する「エンゼル税制」はその象徴だ。スタートアップの株式購入時の投資額分の控除を受けられるが、売却時に繰り延べ課税されるため効果は限定的だった。政府は今年4月、一定の条件を満たせば非課税とする特例措置を導入したが、譲渡益は課税対象のまま。年間1000万ドルを上限に譲渡益が非課税となる米国並みの税制優遇(QSBS)を期待した投資家は落胆した。

Key Speakers at the AI Symposium in Tokyo
岸田文雄首相
Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg

  岸田政権は、スタートアップを低成長が続く日本経済を活性化する担い手と定義。既存企業の生産性向上をもたらすとして昨年、育成に向けた5カ年計画を策定し、1兆円規模の支援策を盛り込んだ。政策の後押しを受け、国内ではスタートアップ投資ファンドの設立が増加し、昨年1年間の資金調達額は8774億円と過去最高となった。しかし、税制面の整備の遅れもあり、この勢いが継続するか先行きは不透明だ。

  自民党でスタートアップ政策に携わってきた平将明元内閣府副大臣は、支援策が効力を発揮するには「リスクを取った投資家や起業家がきちんともうかる仕組み」が重要と考えている。米国ではキャピタルゲインを夢見る人たちの起業や投資が成長の原動力となったと指摘。日本でも税と規制、補助金を組み合わせた長期視点のインセンティブを設計しなければ経済を動かす産業には成長しないとの見解を示した。

  米国のQSBSは起業家の自社株売却にも適用されるが、日本ではこうした制度は未整備だ。税制を巡っては、一般の個人投資家を巻き込む仕掛けも不十分と指摘されおり課題は多い。

資金調達の急伸トレンドに乗れず

スタートアップ資金調達額の日米比較

出所: National Venture Capital Association, INITIAL

単位は10億ドル、1ドル=140円 米国はVC投資額

節税意識

  日本と同様に起業数が少なかったフランスは、2013年からの政府支援でスタートアップ立国に変容した。一般市民によるファンドを通じた資金提供に税制優遇を設けたことでスタートアップへの投資額が増加。マクロン大統領は19年に株式評価額10億ドル以上のユニコーン企業を25社輩出する目標を掲げ、昨年、3年前倒しで達成した。

  エンゼル税制適用の認定ファンドを日本で運営する「自然キャピタル」マネジングパートナーのマーク・ビベンス氏は、日本との違いは「広く国民を巻き込む仕組み」だと指摘する。フランスでは節税意識が高い一般市民に対し、少額でもスタートアップに投資すれば税軽減につながると打ち出したことが功を奏した。

  日本でもファンドを通じて個人から資金提供を受ける仕組みはあるが、投資詐欺被害防止の観点から出資者を49人以下と定めており、中所得者層の利用は容易ではない。ファンド出資者への税制優遇もない。ビベンス氏は日本の取り組みは「ゆっくりと良い方向に向かっている」としながらも、円安である今のうちに海外投資家を引きつける環境を作ることが望ましいと述べた。

フランスでは政府インセンティブが奏功

スタートアップ資金調達総額が急

出所:EY French Venture Capital Barometer, Annual results 2021

萎縮効果

  スタートアップが優秀な人材を確保するために利用してきた信託型ストックオプション(株式購入権・SO)を巡る混乱も生じている。国税庁は5月、信託型SOにかかる税率が最大55%課税の給与所得だとの見解を公表。20%課税の株式譲渡と認識していた一部企業との間で相違が生じ、複数の新興上場企業の株価が急落する事態となった。

信託型ストックオプション、行使時に課税-株価下落する企業も

  コンサルティング会社「エンデバーSBC」の最高経営責任者(CEO)で投資家でもあるウォルフガング・ビアラ氏は、信託型SOを巡る「行き違い」は「日本のスタートアップハブとしての魅力に著しいマイナス影響」だと指摘。政府が「一方で補助金や助成金を与え、そのお金を税金で取り戻そうとする」のは矛盾であり、成長のプロセスを遅らせると批判した。  

  経済産業省のスタートアップ新市場創出タスクフォースのメンバーでもある金山藍子弁護士は、国税庁の見解公表後も過去にさかのぼった多額の納税の扱いや会計上の整理が伴わず、「混乱が続いている」と言う。既に利用が広がっていた同制度に突然解釈を提示すること自体が透明性を欠き、イノベーションが生まれにくくなる「萎縮効果になる」と懸念を示した。

  政府は信託型SOの対応策として一定の要件を満たせば給与課税の対象としない「税制適格ストックオプション」の利用拡大策のほか、英仏の例も参考に個人からベンチャーキャピタルへの投資を促す税制の優遇措置を検討する方針だ。

  税制面で投資家らの懸念を払しょくできるか。自民党の平氏は「ここ数年がスタートアップ育成の正念場」だとし、5カ年計画も前倒しも含め取り組む必要があるとの認識を示した。

    最新の情報は、ブルームバーグ端末にて提供中 LEARN MORE