公道も走れるハイパーカーは“超”凄かった!──新型アストンマーティン・ヴァルキリー試乗記

アストンマーティンのハイパーカー「ヴァルキリー」のデリバリーがようやく始まった! 実際にステアリングを握った大谷達也がリポートする。
公道も走れるハイパーカーは“超”凄かった!──新型アストンマーティン・ヴァルキリー試乗記

F1マシンにもっとも近いロードカー

ついに、この手でアストンマーティン・ヴァルキリーを運転することができた!

ヴァルキリーのことを「F1マシンにもっとも近いロードカー(公道を走行できるクルマのこと)」と、説明しても、おそらく異論はほとんど出まい。

ヴァルキリーは、ミドシップ・レイアウトを採用した新世代アストンマーティンのフラグシップである。

なにしろ、そのコンセプトを生み出したのは、F1で幾多のチャンピオンマシーンを生み出してきた天才デザイナー、エイドリアン・ニューウィーその人。F1デザイナーが超高性能なロードカーをデザインした例といえば、かのゴードン・マーレイが手がけ、1992年に発表されたマクラーレン「F1」が有名であるがが、おそらくヴァルキリーはそれ以来となる作品だろう。

しかも、ニューウィーはロードカーだからといって手加減をしなかった。

タイヤはミシュラン製。

ボディの下側を覗き込めば、そこに小柄な人であれば通り抜けられるのではないか? と、思えるくらい大きな空洞が空いているのに気づくはず。これが強大なダウンフォースを生み出すためのデザインであるのは、レース好きであればご存知のとおり。ある意味でロードカーの常識を無視し、積極的にダウンフォースを獲りにいったロードカーはこれまでになかったといって間違いない。

しかも、クルマ前端のノーズに隠れて見えにくいけれど、フロア下に空気が流れ込む入り口にはF1マシンそっくりのフロントウィングが鎮座していて、強大なダウンフォースを生み出そうとしている。しかも4段のウィング構成はロードカーでは決して見られなかったもの。おそらく、このパーツだけで簡単に1000万円単位のコストがかかっているはずだ。

薄型のバケットシート。

F1マシンを思わせる空力処理は、ほかにも前輪後方にターニングベイン(垂直に立っていて気流を外側に逃がす整流板の一種)が取り付けられていたり、後輪直前で側方に突き出したフロアパネルに3つのスリットが刻み込まれていたり、まるで猛禽類が大きく翼を広げているように見えるボディ後端のリアディフューザーなどからも見て取れる。

最近の高性能車のなかには、空力的造形をコスプレのごとく採り入れているケースがなきにしもあらずだが、長年、世界中のレースを取材してきた私の目には、ヴァルキリーの空力処理はそのどれもが「真剣にダウンフォースを生み出そうとしている形状」であるように映る。ニューウィーは、あくまでも本気だ。

各種操作用スイッチの付いたステアリングホイール。

理想のエアロダイナミクスを作り出そうとした結果、ドア(の機能を果たす小さなパネル)はボディ側面からかなり内側に入り込んだところに設けられているし、その開口部も決して大きくないから、つま先から滑り込ませるようにしなければコクピット内には入れない。

とはいえ、一旦乗り込んでしまえば、隣に腰掛ける乗員との距離は近いものの、ドライビングの邪魔になるほど車内は狭くないし、無理な姿勢をとらされることもない。しかも、視界は驚くほど良好。この辺の人間工学もしっかり計算したうえで設計されたことがよくうかがえるコクピットだ。

自然吸気のV型12気筒 6.5リッター・エンジンとモーターを組み合わせたハイブリッド・システムを搭載。

後方に搭載されたエンジンは、F1エンジンなどで長い実績を有するイギリス・コスワース社製。排気量6.5リッターの自然吸気式V12型で、最高出力1001psを10500rpmという超高回転域で絞り出す。最大トルクの740Nmを発揮するのが7000rpmというのも、このエンジンがまれに見る超高回転型であることを示している。

ギヤボックスは7段セミATだが、ここには最高出力141psの電気モーターが組み合わされている。ゆえにヴァルキリーはハイブリッドカーだが、目的は燃費の改善にあるわけではなく、後述するようにクルマを発進させるのが主な役割とされている。

街中での使用も想定

コクピットに乗り込んだ私は、隣に腰掛けたメカニックのアドバイスを受けながら、それまで眠っていたヴァルキリーを覚まさせるためのいくつかの儀式をおこなった。

手順は、正確に記憶していないが、エンジン始動後に1分ほどの待ち時間が生まれるのが印象的だった。エンジンでモーターを駆動して発電させ、車載の高圧バッテリーを規定値まで充電するのが主な目的である。というのも、ヴァルキリーの発進は、必ず電気モーターの力でおこなうからだ。裏を返すと、なぜヴァルキリーがエンジンで発進できないかといえば、1000psの大パワーを発進時に受け止めようとするとクラッチのサイズが大型化し、パワートレイン全体をコンパクトにまとめることができなくなるからという。

価格は3億円超。

このためヴァルキリーは、まずエンジンを始動させ、続いてバッテリーを充電し、準備が整ったところでモーターの力によって動き出し、車速が20km/hを越えたあたりでクラッチがつながってエンジンの力が後輪に伝えられるようになる。

私は昨年7月に、今回とおなじオーナーが所有する「ヴァルキリーAMR Pro」というサーキット走行専用マシンに同乗したが、こちらもモーターの力で発進させるまではロードカーのヴァルキリーとおなじであるものの、ヴァルキリーAMR Proはこの時点でエンジンがかかっておらず、おなじく20km/hほどに到達したところで爆発的にエンジンが始動して猛烈な加速を始めるという違いがあった。ロードカーのヴァルキリーのほうがより慎重なオペレーションを採用しているのは、おそらく出先でバッテリーがカラになって動けなくなってしまうのを防ぐためだろう。

F1マシンの技術を応用したカーボンモノコック構造を採用。

いっぽうのヴァルキリーAMR Proはサーキット走行専用のため、発進時には必ずメカニックが待ち構えていて、たとえバッテリーがあがってもなんらかのサポートが受けられることを前提としている、と推測できる。

ちなみにヴァルキリーにクラッチペダルはなく、ギヤチェンジはステアリングの裏側に取り付けられたパドルと呼ばれるレバーでおこなう。このため、発進やギアチェンジで苦労することは皆無。つまり、恐ろしくパワフルなヴァルキリーは、オートマチック限定免許さえ持っていれば運転できることになる。しかもパワーステアリングもついている。

スパイダー版も用意される。

モーターで発進し、エンジンが始動するまでの流れはヴァルキリーAMR Proより明らかにスムーズ。街中での使用を十分に想定しているからだろう。ただし、エンジンがかかるとコクピット内は轟然たるノイズで満たされる。だからドライバーとパッセンジャーはヘリコプターのキャビンで使われるようなヘッドセットをつけ、そのマイク越しに同乗者と会話する。ヘッドセットにはノイズキャンセリング機能も盛り込まれているようで、耳を覆っている限り、決してうるさいとは感じない。

走り始めてみると、意外と乗り心地がいい点に驚く。これはアーバン、スポーツ、トラックと用意されるドライビングモードのうちの、アーバンを選択した場合の話。今回はほかのモードを試さなかったが、たとえばトラックであれば1001psのパワーをサーキットでさえ余裕で受け止められるほどハードな足まわりに変化するという。

いっぽうのアーバンは、ブレーキングすれば明確にノーズが下降するほどしなやかな動きを見せる。これだったら、市街地を走っても乗り心地で不満を抱くことはなさそう。

しかも、ヴァルキリーにはヘリコプター用の油圧システムを用いた車高調整装置がついているため、瞬時に車高を高めることができる。これは縁石を乗り越えてガソリンスタンドなどに進入する際に、極めて便利な機能だ。

試乗日は納車したてというのもあり、私は7000rpmまでしかエンジンをまわさなかったが、その際の回転フィールは驚くほど滑らか。もちろん、エンジン回転数が高まるにつれて泣き叫ぶようなエンジンサウンドが聞こえはじめるが、パワーの湧き出し方はスムーズで、最高出力が1001psもあるとは信じられないくらい扱い易い。繰り返しになるが、この日の私は本領をすべて発揮させたわけではないけれど、それでもこのF1譲りのハイパーカーが、普段の街乗りを苦もなくこなせるであろう扱い易さと実用性を備えていることがはっきりとわかった。

そういった目であらためてヴァルキリーを眺めると、エクステリアもインテリアも実に仕上げのレベルが高く、アストンマーティンらしいクォリティであることに気づいた。その点は、一品モノといって差し支えないF1マシンとは似て非なるものといえる。

最後に、貴重なチャンスを提供してくださったオーナーの寛大なご配慮に心からお礼を申しあげたい。

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文・大谷達也 編集・稲垣邦康(GQ)