なぜバルセロナの「Disfrutar」は世界のトップに近づき続けるのか?

2022年の「世界のベストレストラン50」で3位についたバルセロナの「Disfrutar(ディスフルタール)」。年を追うごとにランクを上げ、今年の結果も注目を浴びている。躍進の秘訣を探るため、3人のシェフのうちのひとり、エドゥアルド・シャトルクに話を訊いた。
なぜバルセロナの「Disfrutar」は世界のトップに近づき続けるのか?
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“楽しい”という店名のままのレストラン

55位、18位、9位、5位、3位。これは、スペイン・バルセロナにあるレストラン「Disfrutar」が獲得した、2017年以降の「世界のベストレストラン50」での順位だ。猛スピードで変化する飲食業界の潮流に動じず、同レストランは評価を上げ続ける。もとい、この結果は「Disfrutar」がひとつのトレンドだと示している。

筆者が初めて「Disfrutar」を訪れたのは2019年の2月。記者だとは言わず、ひとりでの訪問だった。ひとりでコースを食べる時、星付き店であっても「あと何皿だろう?」と考えてしまうことが時折ある。それが、ここでは何の疑問もなく時間が過ぎていった。終盤と気づいた時には寂しさと結末への期待が入り混じり、まるで面白い本の残りが薄くなっていく感覚。

店を出て、「楽しかった」と素直に思った。「Disfrutar」はスペイン語で“楽しむ”という意味。こんなに直球の店名を律儀に守ってくれる店があるだろうか?

どの皿もコンテンポラリープレゼンテーションではある。それでも、味わいからはコンテンポラリーに潜む強い郷土愛を感じた。それは、私が憧れるカタルーニャの“粋”みたいな料理だった。

コロナ禍を経て、2度目の訪問は2022年7月。再びひとりだったが、この時は楽しいより面白いが勝った。たとえば、海老のひと品。木箱からもくもくとドライアイスの煙が上がり、中は何も見えない。そこに手を突っ込んで海老を探せと言われる。

恐る恐る手を入れると何かヌルっとしたものに触れた。これは日本でお馴染みの「箱の中身はなんだろな?」じゃないか! 怖気づいたため海老の上の海藻をしばし触ることになったが、ガッといけばすぐに海老を掴むことができる。海老の殻を剥いて口にすれば地中海の味。

中が見えない箱の底に海老が潜んでいた。

コロナ禍に地元静岡で「サスエ前田魚店」の魚をしょっちゅう食べた結果、海外のシーフードのハードルが上がった。それでもこの海老は心から美味しいと思えた。いちばんのご馳走は海老の頭の味噌。後日知ったのが、漁の4時間後に店に届いた海老で、漁がなければ存在しないメニューだということ。「Disfrutar」は面白いだけでなく信頼できる。

シェフ3人はみなカタルーニャの沿岸部で生まれ育った。それも「エル・ブジ」の中枢を担っていた3人だ。そのうちのひとり、エドゥアルド・シャトルクに店づくりについて話を聞いた。

カタルーニャ伝統のタイルと厨房に挟まれた廊下を抜けると客席に出る。

地中海の街のテラスを連想させるダイニング。厨房の活気も伝わってくる。

アイデアは情熱から湧きあがってくる

エドゥアルド・シャトルクとオリオール・カストロ、マテウ・カサナスの3人は、90年代後半から「エル・ブジ」でメニュー開発を任されていた。2011年に「エル・ブジ」が閉店する時、3人で一緒に店を作ることは「ごく自然な流れだった」とエドゥアルドは言う。

「15年間、楽しい時も苦しい時も一緒に働き、時間を培ってきました。友情が生まれ、信頼を確立しました。Disfrutarはその延長上ですね。エル・ブジが閉店したあと、それぞれの道を歩むこともできたでしょう。でも、私たちらしさを追求することにしました。つまりはチームワークの追求です」

左から順にオリオール、エドゥアルド、マテウ。

かくして2012年、まずはフランス国境に近いカダケスに「Compatir(コンパルティール=共有)」をオープン。続いて2014年、バルセロナに「Disfrutar」を開業。3人ともカタルーニャ出身のため、同郷ならではの結びつきもある。

「家族が揃って食を楽しむことに重きをおく家庭で育ったことも共通項です。だからこそ、食文化は私たちの道標となりました。いわば、カタラン人なんですよ。日常の経験とエル・ブジで協力してやり遂げた経験が重なって、創造への欲求が内部から湧き上がってくる。それが、私たちが目指すDisfrutar(楽しむ)という目標に通じて、結果、クリエイティブな料理を作ることになります」

無理やり生むアイデアではないから、仕掛けが満載でも白々しくならない。友人とのおしゃべり、趣味のキノコ採り、博物館巡り、市場散歩etc. ガストロノミーで楽しませたいという欲求を源に、アイデアは無数の方法で湧いてくる。

「食べること自体をやめることはないので、考えるのをやめることもないですね。ただ、いい案がいくらあっても実行に移さないと何にもならない。上手くいかないこともありますけど、やってダメなら仕方がないです」と、形に落とし込むのも早い。試行錯誤もレストランの一部だ。

食体験で人の記憶を呼び起こす

冒頭でふれた煙の中の海老について、その意図を訊いた。

「あの料理のコンセプトは、不確実なものへの恐怖です。これが感情を湧き立てることになります。最初は中が何なのかわからない恐怖があり、しかし、怖々と取りあげてみたら海老だった。しっかりとしたカタラン風チキンスープで煮た美味しい海老です。口にすれば“食の喜び”に変わっていく。あふれるスープのエッセンスを堪能します。そう仕上げたすべてに意味があり、料理の奥義がつまっています。というのも、恐る恐る取り上げたものなのに最上の味でなければ、ショーを盛りたてた意味がないですよね」

「食べる側の個性も表れますね」と伝えると、それもまた狙いだと話す。

「私たちが追求するのは感情ですからね。ちなみに、そのいい手本となる旅先は日本なんですよ。エル・ブジ時代には日本へよく行きました。日本はカタラン料理にいい影響があるのです。日本の料理は感受性を動かす魔法のよう。味わいの記憶がずっと残ります。醤油を使う以上の体験です。他の国の料理にはそんなことは見られないと思います」

感情を追求した結果、ゲストが泣きだすことも多々あるという。

「どこの誰でも、それぞれの人生があり、生きてきた証や記憶があります。その詳細の一部を、ある日レストランで再び体験するとは思いもよりません。ただクリエイティブな料理を味わえると思って来ます。たとえばこんな話が。私たちは“エンペドラット”というアーモンドが入った料理を提供しているのですが、その料理の前にアーモンドの殻を自分で割るアクションを伴うひと皿を提供しています。60歳を越えたあるお客さんには、50年も昔に祖父母とアーモンドを割って食べた思い出がありました。それ以来、割ったことがなかったため泣き出してしまいました」

森に落ちているような岩でアーモンドを破る。

メルルーサとアーモンドの入った“エンペドラット”。

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その殻付きアーモンドはふたつの岩を使って割る。同時にくるプレートには、枝付きアーモンドとガストロノミックに調理されたアーモンド。バルセロナという大都会でカタルーニャの田舎に触れられる瞬間だ。続く“エンペドラット”は、郷土料理である白インゲンのサラダを再構築したもの。メルルーサ(鱈の仲間)やアーモンド、トマト、オリーブなど、この地で誰もが食べる日常の食材が集まり、再構築の料理のトップと思うほど美味しい。カタルーニャの海と山のエネルギーが集結しているようだった。不思議なのが、アーモンドを割ったこともなく、カタルーニャ出身でもない筆者も、この連動するふた皿に懐かしい感情を得たことだ。

「近頃は感情を呼び起こす行為と縁遠くなっている人が多い気がしますが、それって本当は人間の基本的なものですよね。誰もがInstagramや動画を利用することに没頭し、現実の世界とかけ離れてしまう。自分で体験して、自分の目で見ることを忘れてきているように思うのです。それが再び自分と向き合い、記憶が呼び起こされ、感情の琴線に触れる。時間が早く過ぎていく現代で、人が介入する感覚がない日々を過ごす人もいるでしょう。しかし、突然ある場所で人が愛情を持って接してくれるように、経験したことがない食体験に出会うと、感情が揺さぶられるのです」

そうした食体験を提供するために意識していることとは?

「自分たちも地域と自然のなかで感情豊かに日常を過ごす必要があります。地域との交流を保ち、休みは必ず田舎へ行き、自然とともに生活する。キノコ採りではキノコの状態が手に取るようにわかり、魚釣りに行けば釣れたてのイカの美味しさもわかる。それを料理に移行させるだけのこと。だから、自然への尊敬も私たちの日常なのです」

学校での成績がよく、担任に弁護士になることを勧められていたエドゥアルド。

正直に働く、ただそれだけ

「Disfrutar」は革新的な調理法でよく人々を驚かす。ブリオッシュ風のパンに新鮮な食材を入れるのは避けられてきたが、数十秒でパンの火入れを終えることで、食材の香りや瑞々しさを保つことに成功。アーモンドを柔らかく煮る手法もお馴染みにした。いま、世界の多くのレストランがそれらの技術を流用している。彼らのアイデアと言われることはなくても、情報共有は続ける。

「いいことだから真似される。普通、自分がやっている仕事は死んだら終わりですよね。しかし、人々に知らしめ、真似してくれたら継続されます。私たちがやってきたことに価値があるのなら、共有したほうが素晴らしいことが起こる。だから本にレシピを書いて見せることもします。技術を教えない人もいるでしょうが、オープンにして最上の喜びを誰もが再現できるようにします。その際、正直さが必要です。本には私たち以外の人が開発した技術を利用したレシピも一部あり、それを明言して感謝することもしています。明言することは、新しいクリエイティブにチャレンジする人たちへの尊敬を示すことでもあります」

ブリオッシュのような食感のパンにキャビアが入った“パンチーノ”。

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2022年の「世界のベストレストラン50」では3位に輝いた「Disfrutar」。スペイン内では2015年にトップとなった「El Celler de Can Roca」以来の快挙を期待する声も多い。

「そうだといいですが、それは私たちがコントロールできる範疇を超えています。日々向上していくこと、毎日よりよいと思うことを店で実践していく、ただそれだけです。賞のために働いたことはありませんよ。賞を獲ったとしても、それらはお金で勝ち取ったものではありません。賞は正直に働いた結果によるものです」

昨年はカジュアルなレストラン「Compatir(コンパルティール)」をバルセロナに開業したが、筆者が同店に行った時、エドゥアルドがその厨房に立っていた。「Disfrutar」が営業日ではなかったからだ。そのことも思い出し、「働き者(Gran Tabajador:単数系)ですね」と伝えると、エドゥアルドから訂正が入った。

「Trabajadores(複数形)ですよ。3人の働き者です。私たちにとって大切なのは、お客さまに再訪してもらい、料理の進化を見守ってもらうことですから」

個性とユーモアたっぷりのお店を作っていたのは、3人の真面目で勤勉なカタルーニャ人だった。「Disfrutar」という名前には、彼らが仕事を“楽しんでいる”という意味合いも入っている気がした。人が働く喜びが料理から伝わってくる。だから面白くて、帰り道までご機嫌な余韻が続くのだ。

ClassicとFestivalの2種のコース(各255ユーロ=約3万8000円)があり、前者はベストヒットを集結させたもので、後者は季節ごとに構成が変わる。写真はClassicで提供される彼ら流の“ヒルダ”。ヒルダとは青唐辛子とオリーブとアンチョビを使った定番ピンチョス。

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Classicで提供される“ガスパチョのサンドイッチ”。

https://www.disfrutarbarcelona.com

6月22日追記:スペイン時間6月20日夜に発表された2023年度版「世界のベストレスラン50」にて、「Disfrutar」は世界2位を獲得した。

文・大石智子 翻訳・Tomoko Aikawa  編集・岩田桂視(GQ) Special thanks:Yurie Sakai, Josep M Ferret Guasch