プラダのショーの舞台となった“紙製の家”は、「ラグジュアリーへの抵抗」から生まれた【2023年春夏メンズコレクション】

プラダの最新コレクションのセットは、ミウッチャ・プラダと20年近くコラボレーションを続ける建築家レム・コールハースと、彼が率いる建築設計事務所「OMA」に所属するジュリオ・マルゲリが担当した。2人の建築家に、プラダとのコラボレーションについて訊いた。
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Courtesy of Prada

6月19日(伊現地時間)、ミラノで行われたプラダの「2023年春夏メンズコレクション」のショーにやってきたゲストたちが座った椅子は、頑丈なダンボールの板で作られていた。会場の天井からは、ドアや窓のかたちに切り抜かれた大きな白い紙が吊るされ、滑らかな茶色の床もリサイクル可能な紙製で、セット全体が建築模型を巨大化したようなものだった。

ミウッチャ・プラダは知的な人物で、コレクションを通じて人々を思索させようとする。世界で様々な建築物を設計してきたオランダ人建築家のレム・コールハースも、空間デザインを通じて人々に何かを考えさせようとしている。2人の出会いは1999年、ミウッチャがコールハースに店舗改装を依頼したことがきっかけだった。その後18年にわたり、コールハースと彼が率いる建築事務所であるOMAは、プラダのランウェイで独創的なクリエイティビティを発揮してきた。

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2023春夏のセットを作り始める前、最新シーズンのテーマが「純真さ、子どもらしさ、シンプルさ」だと知らされたと、OMA所属で、コールハースとともにこのプロジェクトを手掛けたジュリオ・マルゲリはZoomを通じて語った。これを起点に、素材に紙を使うことが決まった。「紙はシンプルですが、コンセプトを明確に表現するのを可能にする素材です。建築家がアイデアを表現するときに必要な基本の素材でもあります。子どもが紙を使って頭の中にあるイメージを形にするときのように、このプロジェクトでは、建築素材としての紙の可能性を追求したかったのです」と、コールハースとマルゲリは取材後のメールで説明した。

ミウッチャと同じように、コールハースは自身のクリエイティビティが政治や社会運動と密接につながっていると考えている。100%リサイクル可能な素材の使用は、「ラグジュアリーへの抵抗」から生まれたものだと話す。数千ドルもするトリムウールスーツレザーパンツを身につけたモデルたちが、彼の作ったランウェイを歩いていたことを考えると、少し皮肉に思えるかもしれない。だが、コールハースは服を売るのが仕事ではない。マルゲリいわく、「コレクションのムードを伝え、哲学を投影させる」のが仕事なのだという。「ショーのセットデザインにおいて、プラダと私たちは無駄を排除する姿勢を貫いてきました」と2人はさらに説明する。「燃料や食材、建設資材の高騰もあり、今はラグジュアリーというものを見直さなくてはいけない時期なのです。それに、世界には暴力が横行しています。こうした世界の状況に対抗するためにも、柔らかく慎ましい空間を作りたかったのです」

セットは、コレクションのルックやアイテムを見ないまま製作される。それでも、セットとコレクションは、最終的には互いに影響する形でアウトプットされるのだと、コールハースは言う。相互に影響しあった結果は、ボーイッシュでシンプルさが際立った今回のプラダのショーでも明らかだった。パワーショルダーやボンバージャケットを多用した昨シーズンに比べ、今季のシルエットは、生地が不足している時期に作られたのか?と思われるほど、簡素だった。最も派手だった柄はギンガムチェックで、連続してデニムルックが登場した。唯一目を引いたアクセサリーは、ヴィンテージ加工が施され、つま先が強調されたウエスタンブーツだった。現代におけるラグジュアリーの複雑な意味合いを表現したコレクションだったと言えるだろう。

ショーが終わると、コレクションで使用された服はショールームや生産工場に送られる。では、セットは? 解体され、リサイクルされる予定だ。これらは、OMAとプラダのサステイナビリティに対する関心から生まれた取り組みだ、とコールハースは言う。「(プラダは)空間づくりを、コレクションと同じくらい重要で価値あるものだと考えています。ある程度は」。それと同じくらい重要なのは、観客が携帯電話をしまって次のショーに向かった後、セットがどのように取り扱われるか、なのだ。

ショーの1週間前、US版『GQ』は、セットデザインを手掛けたコールハースとOMA所属の建築家ジュリオ・マルゲリに、設計プロセスについて訊いた。それは、ミウッチャとラフ・シモンズのクリエイティブ・プロセスに並走するものだった。

Courtesy of Prada

──紙とダンボールを使ったセットデザインのコンセプトを教えてください。

コールハース:私が興味深いと思っているのは、「ファッションは毎シーズン、変化しなければならない」ということです。なにか違うことをしなければならないという思いがあります。いっぽうで、ブランドのテーマや精神性と多少なりとも親和性を醸し出し、共鳴し、サポートしようという思いもあります。今回のセット制作においては、ラグジュアリーに抵抗を示しつつも、ラグジュアリーの変化のために尽力する、というふたつの側面がありました。そこで行き着いたのが、紙でセットを作るというアイデアです。紙を使って仕事をするのにだんだんワクワクしてきて、プロジェクトが楽しくなりました。

──2つ質問させてください。コレクションアイテムはどの段階で見るのですか? また、セットデザインはミウッチャ・プラダとラフ・シモンズが作り出すコレクションの世界観に影響を受けて制作するのでしょうか?

コールハース:答えはノーです。コレクションを見るかわりに、私たちはヒントやテーマをもらいます。たとえば、20年前のショーでミウッチャはこう言いました。「少しだけ20年代風で、少しだけチャールストン風、それに昔風の自転車も加えて欲しい」

マルゲリ:今シーズンで言えば、それは「純真さ、子どもらしさ、シンプルさ」でした。コレクションに関連する情報は、とても抽象的で概念的な表現がベースになっています。既にあるものの周囲に何かをデザインしていく作業とはまったく違います。コレクション制作とセット制作は並行して進むため、セットデザインを始めるときにミウッチャたちのコレクションが完成しているわけではありません。私たちが知ることができるのは、コレクションのひとつの側面だけです。

コールハース:面白いのは、ショー直前での調整は、コレクションとセット、どちらにも起こります。その意味で、お互いに影響し合っていると言えるでしょう。最終調整はとても難しいです。

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──今回のデザインは、観客を別々の部屋に座らせて、モデルが部屋から部屋へドアを通って移動していく形式を採っていました。昔のクチュールメゾンがしていたショーをイメージさせます。

コールハース:このような手法が話題になることが、近ごろ多くなってきたのは興味深いです。昔からある、リバイバルともいえる手法ですが、強いインパクトを出せるやり方だと思っています。このやり方だと、ショーのために、与えられた環境を調整したり変化させたりする必要がないので、私はとても気に入っています。セットそのものに注目して欲しくないからです。わかりやすく、美しさを内包することができる手法です。私たちは常に、自分たちがやっていることを、この手法に照らし合わせてチェックしています。

──ファッションショーのセットは一時的なものですが、OMAが手掛ける仕事の多くは、いつまでも残るものが多いですよね。新しいアイデアや素材の実験の場として、ファッションショーのセットデザインを利用しているのか興味があります。こういう点も、今回のようなファッションのプロジェクトが持つ、魅力のひとつなのではないですか?

コールハース:ほかの建築設計やデザインの仕事に、ショーの仕事が直接的に影響しているかどうか、言い切るのは難しいです。ただ、ショーの仕事は、建築設計事務所の幅を広げ、その事務所で働く魅力をアップしてくれるものだと思っています。

マルゲリ:さらに補足しましょう。ショーの仕事では、大量に、素早く使える素材のリサーチをします。ほとんどの場合、あまり高価でない素材を使っています。ショーで使った素材やアイデアをほかの異なるスケールのプロジェクトで適用することもあります。

レムが最初に言っていたように、常に変化しなければならない、というファッションの要求そのものを変化させないといけません。ショー自体は変化していませんが、コロナ禍によりファッションショーにも制限が設けられました。でも、基本的には同じようなプログラムの繰り返しです。そのなかで、ブランドのイメージをいかにリフレッシュさせるか?ということが、ファッションショーのセットデザインでは重要なのです。

コールハース:そのとおり、ショーのセットデザインは自分のクリエイティビティが試される場でもあるのです。

マルゲリ:はい、決して簡単な仕事ではありません。

コールハース:セットのビジュアルイメージを表現したレンダリングを、1回のショーのために平均20ページは作成しますよね?

マルゲリ:そうですね、そのうち10種は却下されますけどね。

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──SNSのことはどの程度考慮しますか? コールハースさんがプラダのショーのためにセットをデザインし始めたのは、誰もがカメラ付き携帯電話を持つようになる前のことでした。携帯電話やSNSの存在はデザインにどのような影響を及ぼしているのでしょうか?

コールハース:もちろん考慮します。セットに使用する色を考えるときに、SNSの影響や、写真でどのように切り取られるかを考えます。でも、それほど大きな影響力はないですね。私たちはインスタグラムのためにセットを作っていませんから。

じつはパンデミック中、観客が誰もいない場所でビデオショーを準備している際に、おもしろいことがありました。ミウッチャとラフ・シモンズの映画製作への強い関心とも関係しますが、ショーのセットを映画の撮影所のように考えるようになりました。以来、セットがカメラにどんな影響を与えるか、どんな映画を作ることができるかという観点で、セットデザインをするようになったのです。観客のことを完全に忘れてセットデザインに集中したことによって生まれた新しいアイデアです。しかし、これはSNSの存在に影響されたというよりも、大衆に受け入れられるべく制作した新しいタイプのクリエイティブだと表現した方がいいでしょう。

──ラフ・シモンズが加わってから、プラダとのコラボレーションに変化はありましたか?

コールハース:コラボレーションは、ミウッチャとの話し合いがベースにあります。もちろん、彼女だけでなく、ほかの多くのコラボレーターたちとのディスカッションによってできあがっています。そこに、ラフが新しいアイデアを持って参加したという感じです。プラダでは、ルーティーンのようだとは言いたくはありませんが、行ったり来たりのやりとりが多いのです。今はもっとやりとりが多いかもしれません。どう表現すべきでしょうか?

マルゲリ:ラフはプラダに新しい風を持ち込みました。とても熱心で、セットデザインにも関心を持っています。彼はセットデザインのプロセスのファンなんですよ。

コールハース:これはとてもいいサインなんです。私たちは、新たな野心あふれるアーティストの要求に応えなければならないのですから。

マルゲリ:意見がひとつ増え、より面白いディスカッションが行われるようになりました。ランウェイのセットデザインへの意見は、コレクションそのものと同じくらい、重要だと言える部分もあります。2人はセットを作るプロセスにフルコミットしています。デザインを私たちに完全に委ねるわけでも、コンセプトを投げて終わりというわけでもありません。セットの模型を実際に見て、素材をチェックし、テストもします。先週は、彼らと一緒に紙をどう動かせば床が完成するかをテストしました。ふたりとも、すべてのプロセスに関与しています。

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From GQ US


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