【GQ読書案内】8月に読みたい「戦争をめぐる本」3冊

編集者で書店員でもある贄川雪さんが、月にいちど、GQ読者にオススメの本を紹介します。
【GQ読書案内】8月に読みたい「戦争をめぐる本」3冊

敗戦から77年が経ち、同時に、ロシアによるウクライナ侵攻は、開始からもうすぐ半年が経とうとしています。戦争を扱った本は限りなくありますが、今回は私が最近読んだ「戦争と〇〇」3冊をご紹介します。

松田行正『戦争とデザイン』(左右社、税込2,750円)

戦争とデザイン

書籍を中心としたグラフィックデザイナーとして、ミニ出版社「牛若丸」を主宰するパブリッシャーとして、そしてデザインにまつわる本を数多く発表してきた著述家として──本を舞台に多彩な活動をされている松田行正さんの最新著は『戦争とデザイン』。松田さんはこれまでにも、ヒトラー関連の『RED』、黒人・黄色人・ユダヤ人差別関連の『HATE!』(ともに左右社)や、スターリンや毛沢東をテーマとした『独裁者のデザイン』(河出書房新社)などの著作によって、デザインがどのように戦争や差別、支配に作用したのかを検証してきた。

本書は、近代以前から第1次、第2次世界大戦、そして今回のロシアによるウクライナ侵攻を対象に、戦争と「色」「しるし」「ことば」「デザイン」の4章で構成し、執筆された。ロシア軍が今回多用していたシンボル“Z”についても考察している。

まさに、戦争は“デザイン”されている。「権力がデザインやイメージをいかに巧妙に悪用してきたか」なんて、さすがに知っているつもりだったけど、あらためて知り直した。デザインには、進化、あるいは流行り廃りがあれど、その本質は不動というか、戦時に用いられるデザインに通底する“型”のようなものも見えてくる。それに繰り返し惑わされ、戦争を内面化してしまう人間の単純さに恐ろしさを感じたし、定期的に思い出さなければと思う。

小山哲・藤原辰史『中学生から知りたいウクライナのこと』(ミシマ社、税込1,760円)

戦争と当事者意識

半年前、ロシアによるウクライナ侵略の被害に遭った人々の悲痛な叫びや、爆弾で丸焦げになった住まいを目にして、たくさんの人が胸を痛めた。一方、世界に戦争があることなんて、すっかり抜け落ちていた自分を内省した人もいると思う。

本書『中学生から知りたいウクライナのこと』は、まさに今回の侵攻を受けて急遽開催されたオンラインイベントをもとに編まれた。著者は2人の歴史家で、小山哲さんはポーランド史、藤原辰史さんはドイツを中心とした食と農の現代史を研究している。

小山さんによるウクライナ史、あるいは人々の暮らしの解説は、ポーランドという視点から見たことで可能な発見がある。それらを読んでいけば、今回の戦争が決して突発的で、不意を突かれたものではなかったことがよくわかる。また、藤原さんの歴史への態度にまつわる発言はとても鋭い。歴史教育で身についてしまった大国史観からの脱却と小国という視点、戦場から離れた国に住む私たちの当事者意識の減退と関心の低下、消えぬ痛みを負った人たちの存在を置き去りにして戦争を忘れ、日常の回復を強行する「第二の暴力」。

歴史から切り取られたニュースの実況解説でわかった気になっていては、また私たちは同じように「忘却」や「第二の暴力」を繰り返してしまう。ウクライナを知ることにとどまらず、それを通して、歴史への姿勢や、他国やそこに暮らす人たちへの関心を培い直したい。

佐藤文香『女性兵士という難問 ジェンダーから問う戦争・軍隊の社会学』(慶應義塾大学出版会、税込2,640円)

戦争と女性兵士

「戦争と女性」でさえ難しいのに、ジェンダーおよび戦争の社会学を専門とする佐藤文香さんは、「戦争と女性兵士」というさらに難しいテーマに向き合い続けている。本書『女性兵士という難問』は、18年前に刊行した前著『軍事組織とジェンダー 自衛隊の女性たち』(慶應義塾大学出版会、2004)以降のさまざまな変化を踏まえつつ書かれたという。

今回のウクライナ侵攻で、軍の組織的な性暴力にかんする報道をよく見かけたように感じたのは、私だけではないと思う。同時に、武装し前線に向かう女性兵士たち(ウクライナ)を、こんなにたくさん目にしたのも初めてだった(SNSの存在も大きい)。言うまでもなく性暴力はあるまじきことだが、非難とともに、彼女たちへのケアはどうなっているのかが気になる。あるいは、自国を侵略され憤る気持ちも当然だが、市民が戦争に加担させられていることに対して、そもそも議論が必要ではないかと思う。長い間、戦争当事者の女性を散々かき消してきたのに、現代になって、どうしてこんなに戦争のなかの女性の存在が明るみに出てくるのか。私には、女性あるいは女性性がとても都合よく、戦略的に使われたように感じられた。

そんな疑問があってこの本を手にした。しかし正直なところ、読後もまだ「女性兵士がどうして難問なの?」と尋ねられたら、自分なりに答えられないところがある。しかしそれでも、そもそも戦争・軍隊には反対だという前提で、なおそれらを「批判的に解剖する」ために、ジェンダーの視点を積極的に持ちたいと思う。

本屋plateau books

贄川雪(にえかわ ゆき)
PROFILE
編集者。本屋plateau books選書担当・ときどき店番(主に金曜日にいます)。

本屋plateau books(プラトーブックス)
建築事務所「東京建築PLUS」が週末のみ営む本屋。70年代から精肉店として使われていた空間を自らリノベーションし、2019年3月にオープン。ドリップコーヒーを味わいながら、本を読むことができる。

所在地:東京都文京区白山5-1-15 ラークヒルズ文京白山2階(都営三田線白山駅 A1出口より徒歩5分)
営業日:金・土・日・祝祭日 12:00-18:00 
WEB:https://plateau-books.com/
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