9月29日(現地時間)、ショーを終えたリック オウエンス(RICK OWENS)がバックステージで話したのは、旅についてだった。最近の彼はあまり旅行に出ることがないのだという。「あの空港でのいろいろを経てまで訪れる価値のある場所がどこにあるでしょう?」と彼は問う。「通過せざるを得ないルートにあるのは、あの香水の広告からの攻撃的な仕打ち。とても狭い価値観の押し売りです。ある種のタイプに限定された化粧品やセクシュアリティを売り込もうとするもので、暴力的にすら感じられます」
彼はこう続ける。「私は常に『こちらには別な生き方がある。私たちはほかの可能性がある』ということを唱えて、これまで活動してきたということに気づきました」。オウエンスが主張する人とは違うあり方は、空港で彼と遭遇した場合は奇妙に見えるかもしれないが、パリ・ファッションウィークでは彼のショーを最も人気のあるイベントの一つにしている。当日、音楽が始まるくらいの滑り込みでシェールも現れたが、オウエンスのショーでの人間観察はいつも楽しいものだ。プラットフォームブーツを履いた彼の熱心なファンたちは、ほかのオーディエンスの頭上に飛び出た格好になっている。バックステージで、オウエンスは彼らのことを「独創的な生き物たち」と呼んでいた。「彼らにはほっとさせられますよ」と彼は言う。「なぜなら、彼らを見たら『ああ、こんな可能性もあるのか』と思えますからね」
未知の素材使い
陽射しが降り注ぐパレ・ド・トーキョーで、オウエンスの提案する「可能性」は大理石の階段を降りてきた。今季、彼が用いたマテリアルには特筆すべきものがある。まず、オープニングの数点に使われた半透明のラテックス。そして食品産業から調達した牛革は天然のグリセリンで処理され、しなやかさと透明感が引き出されている。ショーのプレスリリースには「ゼラチン状のフルーツロールを着ているよう」だと記されていた。
ショーの後半に登場した、ストライプ状に切り込みを入れたボリューミーなアイテムはラッカー加工を施したデニムだという。
シルエットに秘められた“再生”の意
素材そのものと同じくらい、オウエンスの素材の扱い方はユニークだ。曲がりくねったドレスには、畳んだ翼のようにその痕跡だけを残したようなスリーブ、そして後ろで引きずられる長いヘムがあしらわれている。アーチのように強調されたジャケットのショルダーはモデルのあごの位置よりも高く、風変わりだが魅力的なボリュームを湛えていた。いくつも登場したボンバージャケットのパネルデザインはスカラベの甲殻を思わせる。
古代エジプトでは、スカラベと呼ばれるフンコロガシを象った護符を再生のシンボルとしていた。エジプトは、今年の初めにオウエンスが旅行の自粛を解いて訪れたほど思い入れのある国だ。彼は今回のショーを、ナイル川西岸にある神殿にちなみ「エドフ(Edfu)」と名付けている。
異なる美のあり方が生む共感
ベルのような形をしたフリルジャケットは、鮮やかなカラーとかすかにアールデコを思わせるダイヤモンドパターンを纏って複数回にわたって登場。新機軸の展開にオウエンスの信奉者は眉をひそめたかもしれない。確かに、200メートルのリサイクルチュールから作られたというその大きなドレスは、あろうことか香水の広告から飛び出してきたかのようにも見える。しかし、これは彼の優しさの現れなのだ。「異なる美のあり方をより多く提案すれば、人々も様々な考え方を受け入れるようになります」。そして彼はこう続けた。「人々はお互い共感的になるんですよ」。こんな意見に疑いを向けることができるだろうか?
※リック オウエンスの2023年春夏コレクションをすべて見る。
Text: Nicole Phelps Translation: Yuzuru Todayama
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