『孤狼の血』『新聞記者』『空白』──。数々の出演作を通して、正義や道徳の曖昧さを伝えてきた松坂桃李。そんな彼の足跡に連なる最新出演作であり、「自分のキャリアの中で最も難しかった」と吐露するのが、映画『流浪の月』だ。
『怒り』『悪人』の李相日監督と初タッグを組んだ本作は、「元誘拐犯」と「被害女児」とされる2人の間に芽生えた絆を描く衝撃作。事件から15年が経ち、偶然再会した文(松坂)と更紗(広瀬すず)。ふたりの運命が再び動き出す。
過酷な減量に挑戦し、原作小説の文の風貌そっくりに仕上げた松坂だが、彼をとことん悩ませたのは、むしろ内面の役作りだった。
「警察に引き離されてから文が更紗に再会するまでに過ごした15年間の大部分は、原作には書いてありません。でも、その空白の時間を埋めないことには役は完成しない。僕の中に実感として積み上げなければならないことが、あまりにも多かったんです。ここまでハードルが高い役は初めてでしたし、こんなに時間をかけて悩みぬき、内面を深掘りしたことはありません」
松坂は、当時を思い返すように、実感を込めて語る。これまでにも役のテーマソングやイメージカラーを設定することによって人物像を掘り下げていくスタイルをとっていたそうだが、苦悶の日々の中で文を演じる核となったのは、“植物”というキーワードだった。
「波風が立っていない広い湖の真ん中に、植物がぽつんといるようなイメージ。そこに李監督から“演出”という石が投げられることで、波紋が広がる感覚でした。李さんは答えをすぐくれるわけではなく、ヒントをポンと放って『ここからは自分の足で歩いて』という人。ただ、こちらを信じて、答えが見つかるまで待っていてくれるんです。安心して、手探りで歩いていきました」
その李監督から現場に入る前に薦められたのが、『ムーンライト』『ブロークバック・マウンテン』『たかが世界の終わり』の3本。いずれもマイノリティの人々を描いた詩的な映画だ。
「『更紗に対する文の眼差しが見つかるかもしれない』と言われて観たのですが、よけいにわからなくなってしまって……」と苦笑する姿に、当時の試行錯誤が垣間見える。
2018年公開の『娼年』では渋谷でホテル暮らしをするなど、とにかく手を尽くして役を手繰り寄せようとするのが松坂流。『流浪の月』でも、撮影地に寝泊まりしていたという。
「自分の中で『あ、これかも』とつかめたときの過程を覚えておいて、それを頼りに役を作っていく」というが、内奥に辿り着けるまでもがき続ける中で、苦しくなることはないのだろうか?
「あります、あります。それこそ“木”のようなもので、お芝居に対しての追求をこれ以上広げると幹が折れてしまうなと感じるときは、いったんそこを止めて別の視点から枝葉を伸ばすんです。自分でも気づかないうちに負荷がかかってしまう職業だとも思いますし、早い段階で対処できるよう、なるべく敏感でいようとはしています」
どこまでも朗らかに、役作りについての質疑応答に付き合ってくれる松坂。しかし、その過程を同業者に明かすのは恥ずかしいそうで……。
「マジシャンがマジックのネタを見せながらやっているような滑稽さがあるので、あまり役者同士で手の内は見せないんです(笑)。役作りについて風呂敷を広げてああだこうだ言い合うよりも、現場でそれぞれが内に秘めたものを正直に見せ合うほうが、いい化学反応になる。僕はそう信じています」
雨の夕方の公園で、びしょ濡れの10歳の家内更紗に傘をさしかけてくれたのは19歳の大学生・佐伯文。引き取られている伯母の家に帰りたがらない更紗の意を汲み、部屋に入れてくれた文のもとで、更紗はそのまま2カ月を過ごすことになる。が、ほどなく文は更紗の誘拐罪で逮捕されてしまう。それから15年後、再会したふたりが選んだ道とは──? 5月13日(金)公開。
配給:ギャガ
© 2022「流浪の月」製作委員会
公式ホームページ:https://gaga.ne.jp/rurounotsuki/
松坂桃李(まつざか とおり)
PROFILE
1988年生まれ、神奈川県出身。2009年、テレビドラマ『侍戦隊シンケンジャー』で俳優デビュー。以後、テレビドラマ『梅ちゃん先生』『軍師官兵衛』『わろてんか』、映画『不能犯』『娼年』『孤狼の血』『新聞記者』『蜜蜂と遠雷』など、数多くの作品に出演。2019年には、『新聞記者』で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞するなど、日本のドラマ、映画界を代表する俳優として活躍中。今作以外に『耳をすませば』が今秋公開予定。
PHOTOGRAPHS BY SASU TEI @ W
STYLED BY AKIRA MARUYAMA
HAIR STYLED BY AZUMA @ M REP BY MONDO ARTIST
WORDS BY SYO