インディ・ジョーンズは、なぜハミルトンの「ボルトン」、しかもクオーツを選んだのか?──映画『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』

インディ・ジョーンズがハミルトンのクオーツモデルを選んだ理由とは? 時計ジャーナリストの広田雅将が考察する。
インディ・ジョーンズは、なぜハミルトンの「ボルトン」、しかもクオーツを選んだのか?──映画『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』

ハミルトン ボルトンが暗示するものとは?

6月30日に公開される映画『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』。ハミルトンのリリースによると、なんと主人公のジョーンズ博士が、「ハミルトン ボルトン」を着用するとある。

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メーカーが映画に時計を貸すのは今や当たり前だが、正直、このチョイスには唸らされた。インディ・ジョーンズの腕を飾る時計は、オメガでもロンジンでもなく、ハミルトンの、しかもボルトンしかないだろう。

フェドーラ帽を被り、ムチを駆使して快刀乱麻の活躍をするジョーンズは、セクシーでタフなアメリカンヒーローのひとりと見なされてきた。

しかしそんな彼は本物の考古学者であり、後には大学の副学長となるほどの人物だった。正しい名乗りは、ヘンリー・ウォルトン・ジョーンズ・ジュニア博士。映画を見てもなかなかわからないが、ジョーンズはまっとうなミドルクラスの人間なのである。

そんな彼が選んだのは、ハミルトンのボルトンだった。

1941年に発表された本作は、スクエアケースに手巻きムーブメントを載せた、ハミルトンを代表する傑作だった。かくいう筆者も、1950年代初頭に作られたボルトンを愛用している。なるほど、ベストセラーになっただけあって、ボルトンは時計として大変よくできている。

ジョーンズ博士を演じるハリソン・フォードが着けるのは、まさにこの復刻版だ。載せているのは手巻きではなくクオーツ。手巻きならばベストだが、残念ながら今は廃盤となった。自動巻きを載せたモダンな別仕様はあるが、今回選ばれたのは、あえてのクオーツモデル。どうしても昔風のボルトンを着けさせたかったのには、おそらく理由がある。

ここからはボルトンの所有者としての視点も含めて、自論を展開しよう。

ジョーンズ博士がボルトンを手にしたのは、多くのアメリカ人に同じく、第2次世界大戦の復員後ではなかったか。高価だが高精度で、しかもスーツに映えるボルトンは、ジョーンズ「博士」のお眼鏡にかなったに違いない。

この時代、ハミルトンは防水ケースのラウンドウォッチをラインナップに加えていたが、これらはタフな環境で働く、軍人や専門家向けだった。フェドーラ帽を被るのを止め、やっと大学に職を得たジョーンズ博士が、こういった時計を選ぶとは思えない。

彼のボルトンが暗示するのは、軍服を脱いで日常生活に戻ろうとするミドルクラスの姿だ。復員した多くのアメリカ人がそうであったように、彼はシンプルな高級時計をタイムキーパーに選び、市井の人として日々を過ごすことになったのである。

ちなみに『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』は、1969年が舞台と聞いた。ジョーンズ博士がボルトンを手にしてから、少なくとも10年以上は経っている設定となる。ハミルトンで選ぶならば、1957年発表の傑作「ベンチュラ」でも、タフな実用時計の「カーキ」でも良かったはずだ。

しかし、劇中のジョーンズ博士は、昔に買ったであろうボルトンを、腕に巻きつづけている。防水でもないし、ショックにも弱いボルトン(ただし劇中で使われたクオーツの復刻モデルは、30メートルの防水性能と普段使いに向く耐衝撃性をもつ)を、なぜジョーンズは使いつづけているのか。

ここからは完全に筆者の、妄想に近い推測だ。

1920年代から1950年代にかけて、ハミルトンは巧みな広告戦略で売り上げを伸ばした。

「記念品としてハミルトンを贈りましょう」「クリスマスプレゼントにはハミルトンを」

事実、この時代に作られたハミルトンの多くには、裏蓋に刻印が施されている。もちろん、ボルトンも例外ではない。

「1941年5月、母からトニーに」「1953年、愛するダーリンに」

ひょっとして、インディ・ジョーンズが使うボルトンは、そういう類いの時計ではなかったか。でなければ、おおよそ冒険には向かない、時代遅れの時計を着けさせつづける理由がわからない。

と考えれば、この時計は、ジョーンズ博士がマリオンと結婚した際に手にしたものではなかったか。製造年度は50年代前半。あくまで妄想だが、晩年の彼が良き家庭人になったことを思えば、十分あり得る話ではないか。インディ・ジョーンズの腕を飾る、昔風のハミルトン ボルトン。筆者は断言したい。時計ひとつでここまで考えさせる映画が、凡作であろうハズがない。

広田雅将

時計専門誌 『クロノス日本版』編集長

1974年生まれ、大阪府出身。時計ジャーナリスト。『クロノス日本版』編集長。大学卒業後、サラリーマンなどを経て2005年から現職に。国内外の時計専門誌・一般誌などに執筆多数。時計メーカーや販売店向けなどにも講演を数多く行う。ドイツの時計賞『ウォッチスターズ』審査員でもある。

文・広田雅将 編集・神谷 晃(GQ)

ILLUSTRATION by OSUSHI MUROKI


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