【GQ読書案内】6月に読みたい「“母”の本」3冊

編集者で書店員でもある贄川雪さんが、月にいちど、GQ読者にオススメの本を紹介します。
【GQ読書案内】6月に読みたい「“母”の本」3冊

父の日が終わったばかりですが、今月は「母」にまつわる本です。

東直子『一緒に生きる 親子の風景』(福音館書店、税込1,760円)

「母」や「子育て」についての自由な価値観

最初に紹介するのは、歌人の東直子さんによる子育てにまつわるエッセイ集。月刊誌『母の友』誌上で6年間にわたって続いた連載が、この度単行本になった。巻末には、小説家の山崎ナオコーラさんとの対談も収録されている。一編が短く、またカバーをはじめ本文の至るところに登場する塩川いづみさんの絵も目に楽しいので読み進めやすい。読後はとても優しい気持ちになれた。

歌人らしく、ほとんどのエッセイに、自作の短歌や他作の詩、文学からの引用が挟み込まれている。たとえば、俵万智さんの歌集『プーさんの鼻』に収められている、出産や子育て、愛をテーマにした数首の歌や、詩人の永瀬清子さんが、不思議な強迫感と脆さ・あやうさを併せ持つ母という存在の複雑さを書いた詩「母」など、母と子にまつわる幸福と喜びにも、苦悩とわからなさにも触れる。本を通して、一方的な育児指南の実用書には出来ない、文学だからこそ表現可能な、母や子育ての多様さ、自由な価値観をあらためて実感したように思われた。

長島有里枝、山野アンダーソン陽子『ははとははの往復書簡』(晶文社、税込1,870円)

相手を想いながら言語化すること

私が子どもの頃は、多くの雑誌に「ペンパル」「ペンフレンド」の募集コーナーがあり、同じ漫画やアイドルが好きな人、憧れの街や異国に住む人との交流を求めて手紙をやりとりする「文通」という文化があった。SNSもない時代、学校外に友人をつくる機会の少ない地方に暮らしていた子どもの私にとって、文通は生の声を通して世界が広がる稀有な機会だった。直接会う友人には相談しにくい恋愛や進路の相談も、文通相手になら吐露することもできた気がする。

本書は、日本に住む写真家で文筆業でも活躍する長島有里枝さんと、スウェーデン・ストックホルムに住むガラス作家の山野アンダーソン陽子さんとの往復書簡。もともと知人同士ではなかったふたりが、自分の置かれている環境や状況を紹介し、互いにそれを汲みとりながら対話が進む。

会話だと「うんうん。へぇ。そうなんだ」で過ぎてしまうかもしれないことも、手紙なら自分なりに相手を想いながら言語化される。それがすごくいい。ふんわりと共感しあった感じにならず、真摯に言葉で意見や想いが交換されるからこそ、子育てにおけるプレッシャーや、尊厳と社会に強いられている女性や母の生きづらさ、フェミニズムといったテーマが自然と多面的に浮き彫りにされていく。「文通」だからこそ可能な独特の距離感のおかげで、すごく穏やかに没入できた。

著=オルナ・ドーナト、訳=鹿田昌美『母親になって後悔してる』(新潮社、税込2,200円)

「母」という“呪い”とは

この本は絶対に紹介したい、と思っていた。

『母親になって後悔してる』は、女性が平均3人の子どもを産むというほど出生率が高いイスラエルで、表題のとおり、「子どもを持って後悔している母親たち」にヒアリング調査をした研究をまとめたノンフィクションだ。出産にまつわる女性の生きづらさに言及した本はあれど、そこからさらに葛藤やアンビバレンスを切り分け、「いま後悔している」ことをはっきりと打ち出した本書は、稀少で、とても画期的ではないかと思う。

安易に感情的になったり、誤解したりしないでほしいのは、著者を含む彼女たちは、子どもたちのことはもちろん、母親になって後悔していない女性を否定したり、産みたくても叶わない人たちのことを無視したりしていない、ということ。

母になる以前を回顧し、母にならなかった人生を想像し、諦めたものたちへのを想いや悔恨を述べ、今の苦悩を吐露するだけで、母になった女性たちは「間違っている」「人間として異常だ」「愛はないのか」などと批判され、滅私を強要されている。さまざまな葛藤や苦悩、生存の闘いを経て(いようがいまいが)、彼女たちが今立っている境地が「後悔」となったのはなぜか、きちんと耳を傾けたことがあっただろうか。

「母」という“呪い”によって、生きづらくさせられている彼女たちの「後悔」の発露は、現在の社会や権力への強い警鐘であり、いま現在、辛い思いをしている人たちへのエンパワメントでもあると思う。まずは文字通りそのままに、そして次は「母」を別の境遇に置き換えても読んでみたい。

本屋plateau books

贄川雪(にえかわ ゆき)
PROFILE
編集者。本屋plateau books選書担当・ときどき店番(主に金曜日にいます)。

本屋plateau books(プラトーブックス)
建築事務所「東京建築PLUS」が週末のみ営む本屋。70年代から精肉店として使われていた空間を自らリノベーションし、2019年3月にオープン。ドリップコーヒーを味わいながら、本を読むことができる。

所在地:東京都文京区白山5-1-15 ラークヒルズ文京白山2階(都営三田線白山駅 A1出口より徒歩5分)
営業日:金・土・日・祝祭日 12:00-18:00 
WEB:https://plateau-books.com/
SNS:@plateau_books

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