“変”なダニエル・ラドクリフ

過去に演じた役の印象から逃れられない俳優もいるなか、ダニエル・ラドクリフは最新作でアコーディオンを手に“ウィアード(変人)・アル”・ヤンコヴィックを演じる。

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ミレニアル世代の年長者である筆者には、ダニエル・ラドクリフと対面するということが、どうしてもシュールに思えてしまう。もちろん、彼はもう世界的に有名な子役ではない。プロフェッショナルなヘアスタイル、鋭い眼光、意外にも筋肉質な体、謙虚な自己紹介、どれをとってもそのことは明らかだ。「こんにちは、ダニエルです」。彼の自己紹介は、ジャーナリストやファンの警戒心を解かせるちょっとした儀式のようなものだ。

だが、あの役を無視することはできない。ベストセラーシリーズを映画化した8作品で彼が演じ、90年代と2000年代の子どもの胸にラドクリフを聖なるものとして永遠に刻み込んだ、彼が単純に「ポッター」と呼ぶあの役だ。ルーク・スカイウォーカーとキリストを足して割ったような役柄と同義に扱われるという奇妙で大きなプレッシャーに、ラドクリフは律儀に向き合ってきた。ハリー・ポッター役に抜擢された11歳から33歳の今に至るまで、人生の大半をポッターについて考えて過ごしてきた彼は、この役や、彼が役を演じた年月が人々にとって何を意味しているかを過剰なまでに理解している。「みんなが自分のことを知っている、そのことについて考えないといけない、という感覚を持ちつつ成長してきました。そして次第に、ラクに順応できるようになってきました」と彼は説明する。

異常な状況に対処するための至極まっとうな方法だ。“ポッター後”の仕事で、過去の役を彷彿させることなく役になりきるカリスマ性を備えた、変幻自在のれっきとした俳優として自分を確立してきたことも大きい。“ポッター後”の彼の演技は一貫して「あれ本当にダニエル・ラドクリフ?」という反応を得てきたが、最新作ではそれが特に顕著だ。伝説のメディアン“ウィアード・アル”・ヤンコヴィックを描いた伝記風の映画『Weird: The Al Yankovic Story』(原題)でタイトルロールに挑む彼は、もじゃもじゃのカツラをかぶり、自前の口ひげを生やし、アコーディオンを習った。

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アイコニックな役

『Weird』は、控えめに推測して、93%ほどはデタラメだろう。作品は、ヤンコヴィックがマドンナと付き合い、コロンビアのコカイン王パブロ・エスコバルと対立し、伝記映画で天才がよくやるように、思い付くままに次々とヒット曲を生み出していた時期を取り上げ、そのパラレルワールドを描いている。ヤンコヴィックによれば、「アーミッシュ・パラダイス」はクーリオの名曲「ギャングスタズ・パラダイス」のパロディではなく、長らく会っていない自分の父との絆を確かめるために書いた極めて個人的な曲なのだそうだ。「こんなクレイジーなものを作る許可を誰かが与えたってことが、本当にエキサイティングだった」。ラドクリフはそう言った。ウィアード・アルはポップカルチャーで最も有名なパロディアーティストで、その音楽コメディの幅広さと成功は間違いなく称賛に値するが、「マイ・ボローニャ」を真面目にとらえるのは不可能だ。この役が「ダニエル・ラドクリフのキャリアにおいて最もアイコニックな役になる、というのが最高のジョークです」と監督のエリック・アッペルは語る。

ラドクリフは、パンデミックの初期に、ヤンコヴィックとアッペルとのビデオコールでこの役を打診された。ラドクリフ自身は子ども時代にヤンコヴィックにハマることはなかったが、長年の恋人で女優のエリン・ダークを通してその人気については知っていた。「付き合い始めの頃、エリンとその家族全員からアルに関する教育を徹底的に受けました」とラドクリフ。台本を読んだ後、彼はほぼ説得なしでオファーを受けた。「僕は何かをやりたいという気持ちを隠すのが下手。『この映画でアルを演じられるのをとても光栄に思う』というのが僕の最初の反応でした。『なんで僕なの?』とも思ったけど」

だが、これまでにも幅広いコメディ演技を披露しているラドクリフにとって、これはまったく見当違いのオファーでもない。2016年の『スイス・アーミー・マン』でのオナラをする死体、2013年のホラーコメディ映画『ホーンズ容疑者と告白の角』でのいっぷう変わった殺人容疑者、奇妙なアンソロジーシリーズ『Miracle Workers』(原題)での一連の役。魂を込めて「マイ・ボローニャ」を歌うラドクリフの首筋に浮き出る血管や、殺し屋集団を倒すバトルシーンでの隙のないアクションが示すように、彼には奇抜なキャラクターになりきるのに必要な、燃えるような激しさがある。「アルが実際に何人も人を殺したわけじゃないのは言うまでもないのですが、作品中の彼のキャラクターには狂気的な暗さがあって、それが『モノマネをしないと』という義務感から僕を解放してくれました」とラドクリフ。

魂を吹き込む演技

ラドクリフの演技はアルに意外な重厚さを与え、それがたんなるウケ狙いのコントから、壮大なオリジンストーリーへとこの映画を昇華させている。モチベーション・コーチが野心を持て、と説得するときに使うような、壮大な名誉回復の物語だ。まるで『ユリシーズ』の書き出しを構想しているジェイムズ・ジョイスのように、見開いた目に畏怖をたたえ、「Ooh, my little hungry one, hungry one/Open up a package of My Bologna(おお俺のはらぺこちゃんはらぺこちゃん/ボローニャのパックを開けて)」と歌うラドクリフが、このふざけた役を真剣に演じているのが笑いを誘う(彼の筋肉にフォーカスするという制作スタッフのアイディアについて、ラドクリフは「意識的に決めたというよりは、僕のこの見た目をスタッフがおもしろいと思っただけ」と説明する)。

アッペルはこう語る。「ダニエルがあれほど真摯にこの役を演じたことは意外でした。感情を込めなければいけないシーンがいくつかありましたが、こういう映画では、それがうまくいくかはやってみないとわかりません。映画の試写が始まるとすぐ、『ダニエルはこの映画に魂を吹き込んでいる』という感想が届くようになりました。私が想定していたほど笑いが前面に出ていない場面もありますが、この世界の、この不思議なアルは、私にとって大切な存在です。そしてこのキャラクターはダニエルなしにはありえませんでした」

やりたいことをやる

この新しいアイコニックなキャラクターはある意味、もうひとつのキャラクターと切り離せない関係にある。このパワフルで独特な特権がラドクリフに与えられたのは、彼がポッター役を演じたからだ。その特権について、ラドクリフはシリーズ中盤に気づいたという。共演者のゲイリー・オールドマンに「俳優の多くがキャリアのほとんどをかけてやっと手に入れる」種類の自由をラドクリフはすでに獲得している、と指摘されたそうだ。ひとつの役に永遠に結び付けられるという縛りはあるが、名前を売る、生活費を稼ぐ、といった必要性がない彼は、多少の選り好みを許される立場にある。「ポッターの後に僕らが何もせずに消えていくことを、人が予期しているのには気付いていました。演じることを愛しているから、それは絶対に避けたかったのです。だから、息の長いキャリアのためになんでもする気でした」とラドクリフは打ち明ける。『Weird』でマドンナを演じる、同じく子役上がりのエヴァン・レイチェル・ウッドはこう言う。「元子役の大人同士には、不思議な了解があります。はじめて会った時、『あなたもサーカス育ちだね』と彼を見て言いました。でも彼は本物の俳優で、知名度やステータス以上のものを追い求めていたから、子役から俳優へと移ることができました。多くの子役が辿る道を外れてね」。ラドクリフが自分の進むべき道を示すお手本として以前に名を挙げたのが、ハン・ソロやインディ・ジョーンズのほかに、リチャード・キンブル医師やリック・デッカードとしても知られるハリソン・フォードだ。

やりたいことをやる、ということを大切にしているラドクリフは、別のシリーズを担う可能性も否定しない。おもしろいことに、彼がヒュー・ジャックマンの後を継ぎ、ウルヴァリンとして『X-MEN』映画に出るという根拠のないデマは今も根強く流れている(「話題作りのためのウワサにすぎない。同じ質問に同じ答えを返すのに飽きて、僕が何か違うことを言うと、それがまた取り上げられ、ウワサが広がる。もう口を閉ざしていようと思う」と彼は静観する)。しかし、柔軟性が何よりも大事だと彼は強調する。だからこそのウィアード・アル役だ。ラドクリフが目新しいことを単独で行い、とにかく“ウィアード”、つまり変になれるチャンスであり、それは、これまでにやってきた仕事すべてが可能にした選択だ。彼は断言する。「ずっと変わらず愛せるかどうかわからない何かに、とらわれたくないですから」

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ダニエル・ラドクリフ

俳優

1989年生まれ。英・ロンドン出身。子役として「ハリー・ポッター」シリーズ8作品で主役を務め、世界中でおなじみの顔となる。最新作である伝記風の映画『Weird:The Al Yankovic Story』(原題)(2022)では、伝説のコメディアン“ウィアード・アル”・ヤンコヴィックを演じた。

WORDS BY JEREMY GORDON

PHOTOGRAPHS BY CIAN MOORE

STYLED BY BRANDON TAN

TRANSLATION BY UMI OSAKABE