FASHION / TREND & STORY

ガブリエラ・ハーストやステラ・マッカートニーに続け! メゾンの第一線で活躍するエコ志向のデザイナーはなぜ少ない?

ガブリエラ・ハーストがクロエ(CHLOÉ)のクリエイティブ・ディレクターを退任することが決定した。気候危機を直視し、地球の未来を考えたファッション業界をつくる彼女のような変革者は、今まさにラグジュアリーブランドに必要な存在だ。人々にインスピレーションを与えられるファッション──今、デザイナーに求められている役割を考察する。
ガブリエラ・ハーストやステラ・マッカートニーに続け! メゾンの第一線で活躍するエコ志向のデザイナーはなぜ少ない?
Theo De Gueltzl

今月、サステナブル・ファッションを支持する人々の間に悲しいニュースが舞い込んだ──クロエ(CHLOÉ)のクリエイティブ・ディレクターであるガブリエラ・ハーストが、今年9月に行われる2024年春夏コレクションのショーを最後に、同社を去ることを正式に発表した。

なぜこれほどまでに重大なことなのか? ハーストはファッション産業が環境に与える影響を率直に語り、さらにそれを解決していくことを重視しながら優先的に取り組んできた、同世代のデザイナーの中で数少ない存在だからだ(もうひとりは、ステラ・マッカートニー)。持続可能な産業の未来をつくっていくことについて、UK版『VOGUE』にハーストは以前こう話している。

「このこと以上に、今まさに議論と行動が求められていることはありません。私たちにはもう十分な時間がないということは真実です。この惑星から、さらに天然資源を奪う余地はありません。私たちは変わらなければいけない。限りある資源の中で私たちは生き、地球を守るためには採ることを減らさなければならないのです」

ハーストが2020年にクロエのクリエイティブ・ディレクターに就任して以来、ブランドの環境に対する姿勢は大きく改善された。デビュー作となった2021-22年秋冬コレクションには、オーガニックコットンリサイクルコットン、オーガニックリネンやリサイクルリネン、リサイクルウールや認証ウールなど、環境負荷の少ない素材が前年の秋冬コレクションの4倍使用された。そして2021年10月、クロエは大手ラグジュアリーブランドとして初めてB-Corp認証を取得し、パーパス経営を推進するリーディングカンパニーとしての地位を確固たるものにした。今年初めには、ラグジュアリーブランドのヴィンテージ品を売買できるアプリを展開する「ヴェスティエール・コレクティブ」との提携を発表し、インスタント・リセール・サービスを開始。顧客はQRコードをスキャンするだけで、着なくなった服を欲しい人へと売ることができるだけでなく、その衣服がどのように作られたかという透明性を確認できるシステムだ。

ハーストがクロエにくる前からブランドが取り組んできたこともあるが、彼女の就任がブランドの進歩を加速させたことはまぎれもない事実。デッドストックのマテリアルを使用したり、過小評価されてきた生産者や縫製工場に光を当てたり、核融合エネルギーにインスパイアされた2023年の春夏コレクションから、アンジェリーナ・ジョリーが立ち上げたファッショブランド、アトリエ・ジョリー(ATELIER JOLIE)とのコラボレーションに至るまで、ブランドが掲げる社会的責任と理念は、当初からデザイナーのコレクションとその背景にあるストーリーに組み込まれてきた。

クロエの2023年春夏コレクションのランウェイに登場したジジ・ハディッド。

では、なぜハーストはクロエを退任するのだろうか? 売上高が要因との指摘もあるが、クロエの収益は過去2年間で60%増加しており、環境負荷を最小限に抑えたスニーカー「Nama」(ケイティ・ホームズなどが着用)やトートバッグ「Woody」の人気は依然として高い。

とはいえ、昨今の企業が設定する極めて野心的な財務目標に対して、サステナビリティは忌み嫌われるものなのではないかと考える人もいるだろう。リセールやレンタルといった循環型のビジネスモデルの採算が合わないことを考えると、ファッションハウスが成長する唯一の方法は、より多くの商品を出し続けることになる。大手ラグジュアリーメゾンの第一線で活躍するエコ志向のデザイナーが少ないのは、当然のことかもしれない。

実際、これまで業界がもたらしてしまった甚大な環境破壊を考えると、若手のデザイナーにとって大手ブランドを率いることは必ずしも目指したい地位ではなくなってきている。むしろ、ファッション界のプレッシャーを受けながら年に8回ものコレクションを発表するというハムスターホイールに乗るよりも、自分たちでコントロールできる小規模なブランドを持つことの方が、間違いなく彼らにとってより価値のあることなのだ。

グッチ(GUCCI)のオーナーであるケリング(KERING)のように、舞台裏で環境負荷の低減に取り組んでいるブランドでさえ、クリエイティブ・ディレクターがサステナビリティについて語ることは稀であり、全社的な取り組みと実際にランウェイや店頭に並ぶ商品との関連性を結びつけるのは難しい。ブランドの主要なスポークスパーソンがこのテーマについて発言しなければ、業界全体の変革の機運を高めることはできないだろう。

クロエの2021年秋冬コレクション。

現在のクリエイティブ・ディレクター世代は、ファッションスクールでサステナビリティについて学んだわけではない。ロエベ(LOEWE)のクリエイティブ・ディレクター、ジョナサン・アンダーソンは、今月コペンハーゲンで開催されたグローバル・ファッション・サミットのステージで次のように語った。

「私が学校に通っていた時代にも、サステイナビリティについての授業があったら──そう思いながら、私は今追いかけるかのように学び直しています」

十分に専門知識がないことを自覚しているからこそ、間違ったことを言ってしまうのではないかと恐れている人も少なくはない。「グリーンハッシング」(企業が意図的に自分たちの行っている活動や商品が環境に良いかどうかを伝えないこと)は、ファッション界全体にも広がっている。これでは遅れをとっているブランドが実際に行動を起こすためのプレッシャーが少なくなってしまい、結果的に環境保護活動を鈍らせることになりかねない。不完全であっても、やっていることを話す方が、何も言わないよりもいい。

私たちが直面している気候危機の緊急性を考えると、クリエイティブ・ディレクターには、ファッションが地球に与える影響に対処することの重要性を訴え、取り組む役割がある。ファッションが持つ強みというのは、人々にインスピレーションを与えることではないだろうか? 重要なストーリーを伝えることなのではないのか? これまでにハーストが業界に残した足跡は偉大であり、彼女はこれからも歩みを止めることはないだろう。そして、彼女に続くデザイナーがもっと必要だ。

Text: Emily Chan
From VOGUE.CO.UK