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ヘイリー・キヨコの壮大なヴィジョン──「過去を振り返り、愛するすべを学び、自分が何者なのかを知った」

ニューシングル「フォー・ザ・ガールズ」のリリースに、交際4年になるパートナーとの関係公表──クィア・アイコンから「みんなのアーティスト」へ、さらなる成長を遂げたヘイリー・キヨコが、自身のヴィジョンを語る。
ヘイリー・キヨコ HAYLEY KIYOKO

ヘイリー・キヨコは子ども時代を過ごしたベッドルームを思い出している。少女時代に、バギーなボーイフレンドデニムなど、理想のファッションを想像してデザイン画を描いていた部屋だ。部屋に並ぶバスケットボールやソフトボールの大会で獲得したトロフィーの表面に映っているのは、イン・シンクやO-TOWNなど、当時の男性アイドルグループのポスターだ。壁のポスターから、ニック・ラシェイ(90年代のアイドルグループ、98 DEGREESのメンバー)が笑顔を振りまく。キヨコは子ども時代について「このころの私は自分のことを隠していたから、アイドルはみんな男性でした」と振り返る。その後6人の大統領、「ニューリーウェッズ 新婚アイドル:ニックとジェシカ」3シーズン、さらに1度のY2Kを経て(今のY2Kリバイバルも入れたら2度目)、キヨコは今いる場所にたどり着いた。成功を手にしたゲイの自分らしい姿で。

クローゼットから出てきた少女。

このオンラインインタビューで画面に現れたキヨコは、気さくなオーラをまとっていた。髪はジンジャーブレッドを思わせるキャラメルカラーで、快活によく笑い、いつも笑顔。彼女の背後には、フレットボードにパンダのエンブレムをつけたカスタム仕様のジェニングスのギターがある。ほかにも、マイケル・ケリーのアコースティック・ジャズベース、そしてマーティンの「バックパッカー」モデルのギターが目に入る。黒い服を着ているのは、食べ物や飲み物で薄い色の服をうっかり汚してしまわないためだ。実際、このインタビューの間も、愛飲する真っ赤なビーツのジュースが入ったグラスを手に持っていた。

31歳になったカリフォルニア生まれのキヨコの人生は、飛ぶ鳥を落とす勢いだ。7月29日には2枚目のフルアルバム『PANORAMA』がリリースされ、その後にはラウヴとのサマー・ツアーへ。このインタビューの数日後には、アルバムからの先行ファースト・シングル「フォー・ザ・ガールズ」を発表した。すでにアンセムになりそうな予感のこの曲のビデオでは、リアリティ番組「バチェロレッテ」をクィア目線でパロディにし、実際に「バチェラー」への出演経験があるベッカ・ティリーがカメオ出演している。

さらにこのMVとともに、もうひとつの発表があった。それはキヨコとティリーが付き合い始めて4年がたったということだ。このタイミングでようやく、2人は交際を公表する気持ちになったのだという。「フォー・ザ・ガールズ」のMVへのティリーのカメオ出演は、撮影直前に浮かんだアイデアだったが、最高のチョイスに感じられたとインタビューから数週間後、キヨコはメールで打ち明けてくれた。交際の公表は大いに話題を呼んだが、これは自分よりもティリーにとって大きな決断だったというのがキヨコの考えだ。

「自分の本当の姿を見つけるのと、それをみんなに明かすことはまったくの別物。公表は、ものすごく勇気のいることです。彼女はここにたどり着くまでにたくさん葛藤してきました。その間ずっと、私はそばで、それらを乗り越える姿を見てきました。それをとても光栄に感じています。彼女への愛を世界中の人たちと分かち合えることを、私は最高にうれしく感じています」『PANORAMA』には、「本当にさまざまな側面を持つ」2人の関係に着想を得た部分もあるという。だが、インスピレーション源をこれだと断定するのは難しいとキヨコは語る。「すべてはつながっている」からだ。

ベッドルームで密かに思いを募らせていた少女時代から現在まで、キヨコは長い道のりを歩んできた。クィアな女の子の心境を綴ったダンスチューン「Girls Like Girls」がネット上で拡散し、その名が一躍知られるようになった15年以降の日々を振り返っても、かなりの紆余曲折がある。当初、ヘイリーは恋愛対象をオープンに表現する姿勢から、ファンから「レズビアン・ジーザス」と慕われていた。

レズビアンとしてのプライドを堂々と打ち出す今のキヨコを見ていると、セクシュアリティだけでカテゴライズされることを恐れ、悩んでいた時期があったことを忘れそうになる。だが、「ヘイリー」と「レズビアン」をイコールで結びつけるのは危険極まりない話だ。輝く才能を、社会が押しつけるレッテルの影に隠してしまうおそれさえあるからだ。しかし、キヨコはこの恐怖心を克服し、今では「自分の作品に心と魂を込めれば、作品は自ら語ってくれるもの」と語れるまでになった。

アイデンティティと音楽の解放。

キヨコは6歳で作曲を始め、同じころに俳優としてもキャリアをスタートした。俳優活動では、子ども向けチャンネルのニコロデオンを経て、ディズニー・チャンネルのドラマ「ウェイバリー通りのウィザードたち」でセレーナ・ゴメスらと共演し、米CBSのドラマシリーズ「CSI:サイバー」ではメインキャストの一人を好演、HBOのコメディドラマ「インセキュア」の1エピソードにもゲスト出演した。「ル・ポールのドラァグ・レース」に出演した際には、3人の参加者の中で優勝している。

音楽と演技という2つの道を「音楽は恋人、演技は妻」と表現するキヨコは、持ち前のセンスを見事に融合させ、唯一無二のポップ・アーティストになった。今では自身のビデオを監督するほか、K-POPの新鋭スター、aespaなどのアーティストにも楽曲提供している。「Girls Like Girls」は、キヨコ本人にとってもターニングポイントになった。これを機に、多くの人が彼女がレズビアンだということを受け入れ、愛情やサポートを送った。キヨコは、「ものすごく舞い上がっていました。アーティストとして当時の私は、自分本来の姿を取り戻すプロセスのまっただ中で、ようやく過去の経験について曲を書けるようになったという段階でした」

確かに、これまでのキヨコのキャリアは過去の反映であり、トラウマや喜びをはじめとする、ありとあらゆる感情を解き放つ行為だった。その端的な例が、2018年リリースのデビューアルバム『EXPECTATIONS』だ。ここで彼女は自身の過去を否応なしに振り返り、同年代のストレートの人たちが味わった体験を自分はまったく経験できなかったことを認めるという、クィアの多くが通る道を描いた。「私は過去を振り返り、愛するすべを学び、自分が何者なのかを知ることができました」

ここに至ってようやく、キヨコはクィアであることに加えて、2つのルーツを持つ自身のアイデンティティについて考える時間を持つことができた。アイデンティティについては、若いころには深く考えるだけのエネルギーがなかったという。「なぜ自分がアジア系でもなければ白人でもないと言われるのか、ルーツを持つ文化から切り離されているのか、その理由を理解し、受け入れるだけの心の余裕がなかったんです。それは、自分が愛する対象が女性だという事実を隠すことだけで頭がいっぱいだったから」

今ではキヨコも日本につながる自分のルーツを知り、日系人の歴史や苦難について学んでいる(ホワイトハウスで先ごろ開催された、アジア・太平洋諸国系米国人を招いたイベントに参加した彼女は、祖母の指輪をつけ、日系人だという理由で大学を追われた祖母の体験に思いをはせていた)。また、髪色もバービー人形のようなブロンドから、より自身のルーツを感じさせる色に変える予定だという。キヨコにとってこれらすべては、本当の自分を知り、理想の人物像に近づくプロセスなのだ。

新作『PANORAMA』は、そんなキヨコの現在地を伝えるアルバムだ。ここに記録されているのは、自身を徹底的に破壊し、再構築する激動の軌跡だ。「このアルバムでは、自我の崩壊、傷心、そして愛を見つけてそれを守るための戦いなど、今までは心に秘めていたあらゆるものが詰まっています」と彼女は言う。

2016年はじめに脳しんとうを起こし、さらにメンタルヘルス面での複数の問題が重なったことで、キヨコは長いトンネルに入ることを余儀なくされた。当時は一歩一歩足を踏み出し、少しずつでも前に進み続けることで、何とか命をつないでいるような状況だった。だが、この壮絶な戦いから生還した彼女は、さらなる自信を手にし、より大きな視野に立って、世界中の人に自分が見ている素晴らしい眺めを楽しもうと呼びかけている。彼女自身の言葉を借りるなら、「『PANORAMA』は今立っている場所を、自分自身の言葉で表現しようとしている私の姿そのもの」なのだ。

服薬による脳しんとうから回復する中で、さまざまな体の変化を経験したキヨコは、ボディイメージをめぐる葛藤についてもオープンに語ってきた。「鏡に映る自分の姿を見ることができず、常にマスクを頼りにする日々が続きました」と打ち明ける彼女は、自分を責め続け、自信を失ったときに人がどうなるのかよく知っている。そんな彼女にとって、鏡に映った自分を励ます言葉を唱えることが、回復のきっかけになった。

2作目『PANORAMA』の制作過程もまた、音楽の力で自らを解放する経験になった。「あるときハッと気づいたんです。歌詞の面で、私はまだ自分を抑えている。本当に感じていることを隠していたんだ、と」とキヨコは振り返る。若いころに書かれた人の心を癒す穏やかな楽曲から、彼女の本音は読み取れない。「本当に言いたいことはひた隠しにしてきました。レズビアンだと気づかれるんじゃないか、と恐れていました」。クィア性を前面に出した歌詞を書き始めてからも、こうした自己検閲的な傾向は残ったが、『PANORAMA』で自らのストーリーを隠さずに伝えたことで、こうした自己防衛の殻にこもりきりになることはもうなくなった。今、彼女が発する言葉のすべては、一語一語正確に、本当に言いたいことだけを包み隠さず伝えている。彼女は今、はっきりと思いを語れることに、とてつもない喜びを覚えている。

たくさんの“キヨコ”のために。

『PANORAMA』を聞いた人すべてが、自分の真実に思い至ってほしいというのがキヨコの願いだ。彼女はプライド月間だけの存在ではなく、すべての人のアーティストになりたいのだ。さらに彼女は、自分の音楽は、絶望感に襲われ、メンタルヘルスの問題に苦しむ人たちのものでもあると加えた。「私たちはみんなつながっている。それぞれにすごく違うけれど、いろいろな意味で、すごく似通ってもいる」という。

成功を収めても、キヨコには達成感がない。「私はまだ、満足したとは感じていません。もちろん、ここまで来た自分を誇らしく思います。でも今は、やっとそう思えるようになったところですから」

どこまでたどり着いたかはともかく、キヨコは「今、ここ」から、自分自身のレンズを通して、女性を愛する女性についてのストーリーを語り続ける覚悟だ。これは彼女が若いころにさらされた男性目線とは違う。自身のMVで監督を務める理由も、「監督の醍醐味は、ほかの誰かが輝く舞台やプラットフォームを提供できること」だと語る。「フォー・ザ・ガールズ」のビデオは、まさにこの言葉を形にしたものだ。クィアが大多数を占める多様なキャスティングは意識的な選択だったそうだ。

キヨコはさらに、子ども時代のベッドルームを思い浮かべる。だが、その部屋を飾るのは、男性アイドルグループのポスターやデザイン画ばかりではない。ずらりと並ぶトロフィーには、ロックバンド、ノー・ダウトのフロントウーマン、グウェン・ステファニーも映っている。キヨコはグウェンとの間に親近感を覚えていた。何より当時の彼女が夢見たのは、イン・シンクのメンバーを追いかけることではなく、自分がメンバーになって「ノー・ストリングス・アタッチト」ツアーでステージに立ち、オーディエンスからの愛を一身に集める自分の姿だ。

彼女が今暮らしている家のベッドルームの壁には、モネを思わせる絵画が飾られている。こうした絵画が持つ、心を鎮め、癒し、アイデアを授けてくれる色彩の力に惹かれるという。最も目立つ位置に飾られているのは、パリ、モンマルトルにあるサクレ・クール寺院の絵画だ。毎晩、キヨコはベッドに横たわり、この無名の画家が描いた絵の生々しい質感や渦巻く色彩を見つめている。

音楽やファンについて尋ねると、キヨコは自分が今の人生で成長を続ける中で、これからもファンが支えてくれたらと願っていると語った。そして過去に存在した、そして今後も登場するかもしれない、たくさんの“キヨコ”たちに思いをはせた。彼女たちがひとつに結晶した姿、それがヘイリー・キヨコだ。「希望に火をつける」というたったひとつのミッションを掲げるキヨコはファンが自分の夢を追いかけ、好きな女の子のハートを射止め、勇気ある人生を生きる力になりたい、と願う。さまざまな経験をし、期待を担った彼女が、満を持してみんなの目の前に披露するタペストリー──それこそが『PANORAMA』なのだ。

Profile
ヘイリー・キヨコ
1991年アメリカ・ロサンゼルス生まれ。2007年、The Stunnersのメンバーとしてデビューし、ジャスティン・ビーバーの「My World Tour」で前座を務める。11年にバンド解散後ソロに転向し、3枚のEPをリリース後、2018年にアルバム『EXPECTATIONS』で公式デビュー。2022年7月末に最新アルバム『PANORAMA』をリリースした。

Photo: ALLY GREEN Styling: ADE SAMUEL Hair: Abraham Esparza Makeup: Marla Vazquez
Text: K-CI WILLIAMS Translation: Tomoko Nagasawa