個人的な経験に基づく物語
2022年のカンヌ国際映画祭で本作がグランプリに輝いたとき、最高賞のパルムドールではないことを残念がる批評家たちが少なくなかった。それほど多くの人の心を鷲掴みにした作品である。
5年前、初長編の『Girl/ガール』でカンヌの新人監督賞(カメラドール)に輝いた、ベルギー人監督ルーカス・ドンによる2作目『CLOSE/クロース』は、子どもでも大人でもない13歳の少年ふたりの絆と、それが社会によって蝕まれ、悲劇を生むさまを描く。その絆をはっきりと定義する言葉は存在しないが、異性愛主義に基づく「恋愛/友情」の二分法に押し込めようとする周囲の眼差しが彼らを傷つけ、結果的にふたりのあいだに亀裂をもたらす。
前作同様、性的マイノリティとしての個人的な経験を盛り込んだというドン監督に話を聞いた。
その穏やかな笑顔に誘われ、個人的な経験がいかにこの物語に結びついているのかと単刀直入に尋ねると、彼は照れながらこう答えた。
「じゃあ、今日は僕の過去のトラウマを開陳しましょう。僕は子どもの頃、男の子のグループにも女の子のグループにも自分が属しているとは思えなかったのです。でも、男子の仲間に入りたかったから、彼らを観察するようになりました。彼らがどんな歩き方をするか、どんな話をするか、どんなことに興味があるかなど、じっくり観察して彼らの真似をするようになったのです。思えばその時点で、ある意味、監督になったようなものだったかもしれません。彼らを観察して、自分を演出していたから。そのなかで気づいたのは、女子の会話には感情的なボキャブラリーがあるけれど、男子の場合はとても少ないということ。僕自身、自分の愛情を表現するのが苦手な子どもだったから、この映画はそういう子どもたちに向けたオマージュでもあるのです。
ただし、それが映画の出発点だったわけではありません。直接のきっかけは、アメリカのニオベ・ウェイという心理学者が書いた『Deep Secrets: Boys' Friendships and the Crisis of Connection』という本を読んだこと。13歳から18歳の少年を対象に調査した結果を綴った本で、それによれば、13歳の子どもたちは友達のことをもっとも大切な人として熱心に語るのに、17、18歳になるともう、同じようには語らなくなるというのです。それを知って、自分が感じていたことは僕だけの問題ではなく、もっと大きな共通する問題なのだと思い、それについて語りたいと思いました」
幼い頃から兄弟同然に育ってきたレオとレミは、中学に入学した途端、同級生から「付き合っているのか」とからかわれる。初めて他人の目を意識し、以来レミを避けるようになるレオと、そんな親友の態度が理解できないレミ。そのズレは、やがて取り返しのつかない事態を招く。ふたりの人物像について、ドンはこう解説する。
「レオとレミの両方に僕の一部が投影されています。でも、どちらに近いかといえば、レオのほうですね。人の意見を気にして、影響されてしまうタイプ。思うに、すごく小さな頃から他人を見て、自分を偽っていると、ある時点で本当の自分というのがわからなくなってしまうのではないでしょうか。そこから何かのきっかけで抜け出せる人もいれば、一生続く人もいると思います。僕の場合は、21歳の頃に出会った女友達のおかげで、その状態を脱することができたのですが。
この映画では、脆さとともに、暴力が持つ力についても表現したいと思いました。暴力を描かずに、いかにしてその影響を語ることができるか。実際、想像力というのはとてもパワフルなものだから、暴力を具体的に見せることなく伝えることは可能です。それまでの愛情あふれる関係が突然絶たれると、そのインパクトは強烈なものになります。ですから、それ以上何かを見せたりする必要はないと思いました」
突然の別れと自分だけが知る真実、誰にも言えない罪悪感。その重みに、押しつぶされそうになるレオの姿がいたたまれない。
大切なのは「自分が表現したいように表現できるか」
この物語に心を引き裂かれるもうひとつの理由は、彼ら少年と親たちとの関係だ。ここには多くの映画に出てくるようなバッドボーイは存在しない。ふたりはそれぞれの親と良好な関係を築き、親たちもまた、息子たちに愛情を注ぐ。だがそれでも、悲劇を防ぐことはできない。
「親と子どもの関係はデリケートで、いい関係を築いているほど、自分が恥ずかしいと思うようなことや罪深いと感じるようなことは打ち明けられないものです。仮に話せたとしても、それが良い状態を生み出すとは限りません。もちろん、子どもたちが相談できるような環境にあるのがいちばんだとしても。僕の両親はとてもオープンマインドですが、それでも話せないことがたくさんありました。それは親子の関係によるというよりは、もっと大きな、社会のなかのルールや慣習に影響される問題だと思います」
ふたりの少年を演じたエデン・ダンブリン(レオ)とグスタフ・ドゥ・ワエル(レミ)がまったくの素人だったと聞けば、観客の驚きはさらに増すに違いない。撮影当時、14歳と13歳だった彼らは、役を生きているとしか形容できないほどの、瑞々しい横顔を見せている。
「僕は、彼らに役を押し付けるのでなく、彼ら自身のなかにあるものを役にもたらして欲しかったのです。それが演技の経験のない子どもにとってはいちばんだと思います。エデンはたまたま電車のなかで見かけて、とても表現力があると思ったから、オーディションに来てくれるように声をかけました。彼とグスタフはオーディションで初めて会ったのですが、すぐに特別に馬が合っているのがわかりました。お互いを気遣っている感じも印象的でしたね。撮影まで彼らと多くの時間を一緒に過ごし、現場ではふたりに自由に演じてもらいました」
少年たちから見事な演技を引き出し、世界を唸らせたドン監督。今後、ハリウッドから声が掛かる可能性も多いにありそうだが、本人の胸中はどうなのだろうか。
「まず、多くを自分に問いかけることになるでしょう。これまでのように情熱的になれるか、自分にとってパーソナルな作品に思えるか。それは必ずしも同じタイプの作品を撮り続けるということではありません。予算の大きな派手な作品にもなり得ると思いますが、僕にとってもっとも大切なことは、自分が表現したいように表現できるか、ということなのです。だから、具体的に話が来てみないと何とも言えないですね。可能性には前向きでいたいと思いますが、自分から積極的に探しているわけでもない、といったところでしょうか」
ベルギーから現れた32歳の気鋭監督は、今後もマイペースに珠玉の物語を紡ぎ続けるだろう。否、そうあって欲しいと願わずにはいられない。
7月14日(金)より全国公開
© Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022
配給:クロックワークス/STAR CHANNEL MOVIES
公式ホームページ:https://closemovie.jp/
取材と文・佐藤久理子、編集・横山芙美(GQ)