世界中のサッカーファン、地元の人、文化、アルコール、人権問題──ワールドカップ カタール大会現地レポート

世界の有識者やファンから多くの批判が寄せられている2022年ワールドカップ カタール大会。ワールドカップ史上もっとも物議を醸している大会と言っても過言ではないだろう。実際にスタジアムを訪れた人々はどう感じているのだろう? ドーハの街に数日滞在した英国版『GQ』編集部のライターが、世界からこの地を訪れたファンたちに話を訊いてみた。
世界中のサッカーファン、地元の人、文化、アルコール、人権問題──ワールドカップ カタール大会現地レポート

ワールドカップに行く。これはずっと私の夢だった。1998年、自国優勝を決めたばかりのフランスの街を車で走り抜けたとき、心に決めたことだ。高速道路沿いで打ち上がる花火、クラクションを鳴らす車、歓喜に湧く街の人々の姿は目に焼き付いている。

あれから24年が過ぎ、私はカタール行きの飛行機に乗った。機内のスクリーンには、デヴィッド・ベッカムを起用したカタール政府の「ストップオーバー」観光キャンペーンや、FIFA会長のジャンニ・インファンティーノの紹介動画、カタール航空の「FIFA: We Will Rock You」が流れていた。

ドーハの街にはサッカーのユニフォームや広告が溢れ、FIFAのロゴを見ずには5メートルも歩けない感じだ。伝統的なトーブとゴトラを身につけたおばけのような見た目のカタール大会のマスコット、名前のLa'eeb(ライーブ)はアラビア語で超一流の選手を意味する。

バスの後ろにも、30階建てのビルの上にも、壁面のビルボードにも、「素晴らしい」もしくは「共に」という言葉と共に、ライーブの笑顔が描かれている。FIFAの広告は、宣伝はもちろん、未完成の工事や瓦礫を隠すのにもひと役かっている。ライーブは働き詰めだ。

ドーハの港に停泊するクルーズ船は“ホテル”

スークワーキフを歩くサッカーファンたち。

スークワーキフ(市場)で、試合開始前の雰囲気にどっぷり浸りつつ、サッカーファンと話をしてみた。誰もが興奮状態だ。これが3度目のW杯だという60代前半のフランス人グループは、強い日差しを避けるためにプラスチックのサングラスにフランスの国旗を掲げ、再び優勝することに期待を寄せていた。カナダ代表の36年ぶりのワールドカップ出場を見に来た赤白コーデの女性2人組みは、クルーズ船に宿泊しているという。「今のところ何も不満はないです。どこに行ってもみんなフレンドリー。世界中から人が集まっているのを見るのは嬉しいです」と話してくれた。いっぽうで、同じくクルーズ船に宿泊しているドイツからのファンは「まぁまぁ」だそうだ。ドーハの港には、7000人を収容できるというクルーズ船が何隻か停まっている(飛行機の中から3隻ほど確認できた)。

フランスファン。

ブラジルの若者カップル(1人は1998年のフランス大会時のロナウドのような髪型をしている)は、遠く世界を超えてやってきたこの街のことをよくわかっていないようだった。「カタールのことはあまり知りませんでしたが、YouTubeで見て、とても美しく豊かな国というのはわかりました。みんな平和的で、サッカーファンが集まって、笑って、サッカーの話をして、素晴らしいですね。スタジアムもモダンです。とても楽しみ!」

午前11時半、気温は30度超え

午前11時半。すでに気温は30度を超えており、スークの反対側にあるペットショップでひと休み。ペットショップのオーナーは、店のインコやオウムほどおしゃべりではないもの、ワールドカップの話には楽しそうに応じてくれた。「カタール出身だというと、『それはどこだ? ドバイの街か?』とよく言われますよ。小さな国なので、知らない人が多いのです」。そう話すオーナーは、特にサッカーファンではないという。ただ、自国でワールドカップが開催されるのを楽しみにしていたそうだ。「カタールもいい国だって、これでみんなに証明できたと思います。なんでもやりたいことをやっていいのですよ」

オーストラリアのサッカーファンの多さには驚いた。たぶん、メキシコ、チュニジアに次いで多いのではないだろうか。とはいえ、その多くはチームの勝利をそこまで期待はしていない。50代前半というオーストラリアの男性は、マーケットで買ったというカタール伝統のヘッドピースを身につけ、カタール文化を受け入れて楽しんでいると話してくれた。ただ、「メディアに出てくるのはカタールの文化に否定的なやつばかり」でウンザリしているそうだ。

ヴィンテージのUmbroストライプに、カーキ色のショーツ、赤いバケットハットをかぶったウェールズの男性は、「この土地のエキゾチックさに心を打たれている」と語ってくれた。「カタールにいると、世界的なイベントに来たという以上の気持ちの昂りがあります」。ガレス・ベイルがどれだけ優秀でも、ファンはサッカーだけを見ているわけではない。「この国の人権問題へのスタンスには胡散臭さを感じますが、大会を作るのはファンだと思っています」

「イスラム文化を知ってもらう機会」

チュニジアファン。

気を抜いていたら、ファンフェスティバルエリアに向かう大声ではしゃぐチュニジアの若者グループにぶつかりそうになった。その中の1人は、アウェイ用のユニフォームを着て、首に国旗を巻き付けふざけていた。「チュニジア人が陽気で面白いというのを見せるチャンスだと思っています!」。カタールがワールドカップでは初となるアラブ諸国のホスト国となったことについて尋ねると、若者はこう語った。「正直、すごいと思います。欧米文化にアラブの世界やイスラム文化を知ってもらう素晴らしい機会です。イスラム嫌悪・アラブ嫌悪に反して、ポジティブな印象をもってほしいし、ステレオタイプの見方が変わってくれたらと思います。ここに来ているファンは、実際に良いところだなって思ってくれているのでは」

ファンフェスティバルエリアに座り込む人々。

ファンフェスティバルエリアのスクリーンで中継されたチュニジア vs. デンマーク戦。

「欧米では『カタールはLGBTQもダメ、酒もダメ』って言われていると思いますが、実際ここに来たらなんでもあり。ただ、ルールは守る必要があるというだけです。アメリカでも、あまりに親密な行為は人前ではやりませんよね。それと同じで、イスラムの生活のあり方はこういうものなんです」

スークワーキフで見つけたOneLoveの腕章。

マーケットの反対側で、「OneLove」の腕章をもっているスイスファンに出会った。標的にされるリスクを考え、腕章を身につけるのはやめたそうで、「腕章への対応はとてもショックでした」と語ってくれた。30代のエジプト人の駐在員は、腕章は欧米メディアのPRだという。「『差別をやめよう』という腕章なら、選手だって簡単につけられたと思いますよ。それを、わざわざ1つの問題にフォーカスしたからダメだったんですよ。セクシュアリティ、人権、いじめ、世界は多くの問題を抱えています。それなのに1つの問題だけをとりあげ、それが不公平であることをまだ文化的に受け入れられる準備ができていない国を標的に騒いでいるという気がします」。多くのカタール人は、この件に関する報道に対して、カタールの文化やモラルを批判したいだけであり、偽善的なやり方だと考えているという。駐在員はさらに語った。「カタール在住で幸せに暮らしているゲイカップルをたくさん知っていますが、この件に関しては同じ見解です。人種、宗教、信条を問わず、どんな人もカタールは大歓迎。ほかの国も真似したらいいのに」

ビールはカタールに到着する前に飲む

イランの国旗。

ポーズを決めるファンたち。

ハリーファ国際スタジアムの外には整然と列ができていた。さまざまな国のファンが和やかに介しており、気持ちのいい光景だった。去年、ユーロ2020決勝戦前に、私は1人で英ロンドンのウェンブリー・スタジアムを訪れたのだが、あれほどグロテスクな光景はなかった。大量のビール缶が道に落ちており(その中の1つは私の頭に当たった)、みんな泥酔状態。発煙筒が飛んだり、喧嘩が勃発したり。交通規制用のコーンは踏みつけられ、手すりはぶち壊されていた。イギリス文化の最悪なところだけを集めたショーでも見ている気分だった。カタール大会の雰囲気はまったく違った。イングランドにとっての初戦となったイラン戦では、ゴミ一つ落ちていなかった。

カタールでのアルコール制限に不満があるファンもいるだろう。むき出しのコンクリートの上をスタジアムに向かって歩いているとき、「イスラム系の国の課題は、金が物をいうことですね」と私に呟いてきたイングランドファンがいた。「契約ではスタジアムでビール買えることになっているのは知っているが、こっちが金持ちだからダメって言ってもいいだろうって思われている感じがする」。ドバイから来たというファンが、カタールに到着する前に飲んでおこうというサッカーファン(主にイングランドとウェールズファン)を見越して、空港にはハイネケンのバーができていたと教えてくれた。喩えるなら、「パーティー行きの飛行機に乗る前、朝7時のガトウィック空港のウェザースプーン(イギリスのパブチェーン)」だそうだ。

国旗や横断幕のチェックエリア。

スタジアムのセキュリティゲートでは、武装した鎧(応援グッズ)を脱ぎ、近くのロッカーに預けなくてはいけなくなった不幸なファンもいた。スタジアムに持ちこめるもの、持ち込めないものを両面に印刷した紙が配布されていた。「国旗や横断幕の確認」エリアがあるのをみて苦笑してしまったが、配布された用紙をみてそれも納得。持ち込めないものに「政治的、攻撃的、差別的なメッセージ」があるからだ。これは、LGBTQ+コミュニティサポーターのOneLove運動関連グッズも含まれている。つまり、レインボーハットは持ち込めないということだ。

「なぜ革命前の国旗や、スローガンを記したプラカードやTシャツを来たイランファンは入場できて、アイデンティティに関する自身の意見を表現する欧米ファンはダメなのか。ルールに一貫性を設けるべきでは?」。スタジアムルールに、そう意義を唱えるファンもいた。

スタジアムではルール解説動画

オーストラリアファン。

試合中にスタジアムで目撃した、心に残った瞬間を記していこう。

キリアン・エムバペがチームを小馬鹿にしているのに、「Who Are ya?(お前は誰だ?)」と大合唱するオーストラリアファン。スタジアムの階段上に「すべてを愛せ。何も憎むな。」と掲げられたサイン。開始37分でウェーブするメキシコファン。ジングルベルを熱唱するイングランドファン。マーカス・ラッシュフォードの登場で盛り上がるカタールファン(イングランド代表のサッカー選手でもっともカタール地元人気が高いのがマーカスらしい)。イラン代表チームが国歌斉唱を拒否した瞬間。トイレの壁に貼られた英ポーツマスのプライドパレードのステッカー。メキシコとウルグアイファンのセルフィー撮影。夕暮れ時のハーフタイムでの男性用礼拝室へ続く列。ファンの少年との約束を守り、「ゴールセレブレーション」をするジャック・グリーリッシュと一緒に踊るセキュリティやボランティアの人々。

スタジアムのシートの下にはエアコンの通風口が。

ほかにも、驚いたことはたくさんある。イングランドファンが「ジングルベル」を熱唱していたけど、スタジアムの外は30度超えだということ。レインボーカラーのLVルックで全身を固めたファンと、その隣にいた黄色いショーツにグリーンのブレザー、カンガルーを首に巻きつけた謎の男性。ノンアルコールビールのBudweiser ZEROに30カタール・リヤル(約1100円)払うイングランドファン。ビールの空き缶をきちんとゴミ箱に捨てるイングランドファン。どのチームにもゴールを決めた時の歌があるということ。フランスはブラーの「ソング2」、オランダはベリーニの「サンバ・デ・ジャネイロ」、オーストラリアはメン・アット・ワークの「ダウン・アンダー」、イングランドはガラの「Freed From Desire」。(一部のファンは「Feed From Sharia(シャリーア、イスラム法)」と替え歌で歌っていた)

スクリーンで流れるルールの解説動画。

特に印象に残ったのは、スタジアムに流れていた解説動画だ。カタールがワールドカップの開催国となることに批判的な人がよく口にしていたが、実はカタールはサッカー大国ではない。なので、1500円ほどのチケットを買って入場した地元の人は、あまりルールに詳しくない。キックオフ前には、スタジアムの巨大スクリーンにオフサイドやペナルティ、イエローカードなどのルールを説明する動画が流れた。試合中も、ところどころで解説動画が流れていた。イランのゴールキーパーが脳震盪の治療を受けているとき、デクラン・ライスの顔がスクリーンに大映しになり、下には「パスコンプリート100%」の解説キャプションが。

使い捨て携帯でリスク回避する人も

アルゼンチンに勝利しお祝いムードのサウジファン。

イングランドが6対2でイランに勝利したゲームの後、スリー・ライオンズ(イングランド)ファンのゲイ男性に出会った。「今回、現地入りを諦めたゲイのサッカーファンの友達がたくさんいます。彼らの気持ちはよくわかります。でも、カタールの組織委員会がウェルカムだって言ってくれたから、僕は行くことにしたのです」と、男性は話してくれた。

「リスクを最小限にするため、宿泊しているのはワールドカップ開催国とは別の国です。入国にアプリのダウンロードが必要だったので、使い捨ての携帯電話も買いました。使い捨て携帯なんて犯罪者のようですが、カタールで僕はそういう存在なのです。こんなの普通じゃないですよね。安全が確保されているのはスタジアムなのですが、セキュリティが、レインボーフラッグなどを押収しているという報道を見ると、本当に安全なのか怖くなります。FIFAが事情を把握しているかもわかりません」

スタジアムのゲートにたつスタッフ。

スタジアム内で「監視員」のバッジをつけた警察。

ドーハの街中ではフレンドリーな警察官も、スタジアムの中で、特にカメラを構えるジャーナリストたちに対しては、強烈な存在感を放っていた。警察は6人1組でコンコースの見回りをしていることが多く、それ以外にもポリスバッジをつけた監視スタッフやボランティア(ターコイズの3本ラインが入った紫のアディダスのトラックスーツという派手な制服を着ていた)が目を光らせ、観客をシートに誘導する様子も見受けられ、全体的に過剰な印象を受けた。

前述のゲイ男性はこう続けた。「2022年のワールドカップや、テレビやソーシャルメディア上では素晴らしく映ると思います。でも、今のところ、現地で素晴らしさはあまり実感できていません。ここに来るためには、乗り越え、我慢することがあったからというだけではありません。いちファンとして、ゲームが少し単調な気がしました。サッカーの試合を見に行ったことのない人が、本から得た知識でそれっぽい雰囲気を作り、何もない場所でトーナメントを開催しているような、そんなどこか奇妙な空気を感じました」

From: BRITISH GQ Adapted by Soko


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