15年もの間、『007』の世界でジェームズ・ボンドとして生きてきたダニエル・クレイグ。彼はいま、ラグジュアリーウォッカ「ベルヴェデール」のCM動画のなかで、今までのスマートなイメージとはかけ離れた姿を披露している。動画の監督はタイカ・ワイティティだ。
ベルヴェデールの動画でクレイグは、トム・オブ・フィンランドの作品さながらのレザーパンツで腰をふり、叫んで踊っている。どことなく『ロッキー・ホラー・ショー』のティム・カリーを彷彿させる。クィア系作品に詳しい人なら、『クルージング』(1980年)のアル・パチーノや、『ケレル』(1982年)に登場する筋肉ムキムキの男たち、という声もでてきそうだ。あるいは、そのすべてのミックスか。いずれにせよ、この広告でクレイグは最高にバカでクールなオーラを発している。
ジェームズ・ボンドが、タイトな黒ベストにシルバーチェーンのアクセサリーを身につけ(アイライナーも引いている?)、まるでイーストロンドンのクィアバーに行くような格好で颯爽と歩く。「多様な男らしさ」を標榜する新時代への移り変わりを、これ以上に感じさせてくれるイメージはそうそうない。若干ぎこちないダンスは、結婚式で上機嫌で酔っ払った親戚のおじさんさながら。じつに、陽気で楽しそうである。
ジェームズ・ボンド役を務めていたクレイグには、これまで、陽気で楽しそうな印象はあまりなかった。クレイグが演じたボンドには、ショーン・コネリーのタフさを増強させ、さらに冷たくした印象がある。ラグジュアリーで、どこまでもドライだった。
クレイグ時代のボンド映画には、爆発するペンやジェットパック、プロテクト装備に変形するコートなど、昔ながらのスパイ小道具もあまり登場しなかった。クレイグのサンドペーパーのようなザラついた肌と、老犬のロットワイラーのような雰囲気は、映画のリアルな雰囲気づくりに見事にマッチした。ハビエル・バルデム演じるラウル・シルヴァと仲良さげに語らい、マッツ・ミケルセン演じるル・シッフルの攻撃を笑い飛ばしつつ、必要なときのみ武装するボンドの姿は圧巻だった。
これからのクレイグは、より愉快で楽しい方向へ?
ボンド後のクレイグが大きなイメージ変化を望んだ理由は、わかる気がする。ボンドほどの大役をやると、そのイメージから抜け出すのは容易ではない。ピアース・ブロスナンも、ティモシー・ダルトンも、ボンド後に他作品に出演しているが、多くの人は今も彼らを「ジェームズ・ボンド」として見ているだろう。
ボンド役を引退する前、2019年の『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』でブノワ・ブランを演じた時から、ボンド後のイメージ作りはすでに始まっていたのかもしれない。ベルヴェデールの広告では、ブランクとクレイグがミックスしたような独特のキャラになっている。
ボンド役を終えて羽目を外したいだけ、そう思うにはあまりに強烈だ。より愉快に楽しく、より馬鹿らしくすることによって、54歳のクレイグはスパイのイメージを拭い去っていく。
クレイグの新しい魅力のとりこになりそうだ。
FROM BRITISH GQ Adapted by Soko