ルイ・ヴィトンが捧げたヴァージル・アブロー最後のショーは、ルーブル美術館の“遊び場”が舞台【2023春夏メンズコレクション】

仏パリのメンズ・ファッションウィークで発表された、ルイ・ヴィトンの最新コレクション。ヴァージルのレガシーを讃えると同時に、ファッションにおけるひとつの時代の終焉を告げるショーの詳細をレポートする。
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ルイ・ヴィトンの「2023年春夏メンズコレクション」のショーが始まる数分前、スタッフが数百人のゲストに着席を促すなか、プロスケーターのルシアン・クラークはランウェイ見つめていた。この場にいるのは「心の底から重要なこと」なのだと、クラークは言う。

クラークは、9つのルイ・ヴィトンのコレクションで、ファッションのあり方を永遠に変えてしまった故ヴァージル・アブローと親交が深かったコラボレーターの1人だ。豊かなアイディアを持つ若者たちのためにファッション業界の門戸を開き、人々の想像力を育もうとした、ヴァージルのプロジェクトを体現する人物だ。

ヴァージルはクラークと契約し、共同でプロ用のスケートシューズをルイ・ヴィトンからリリースした。この日クラークは、その1足を履いていた。「彼の最後のコレクションに立ち会えるのは、私にとって本当に幸せなことです」とクラークは語る。「ヴァージルのファイナルコレクションがどんなものになるのか、感慨深くもあり、楽しみでもあります」

ルーヴル美術館の中庭に出現した、拡大された遊び場

ルイ・ヴィトンは2度のランウェイショーで、ヴァージルによる最後のメンズコレクションを発表し、彼の輝かしい人生を讃えてきたが、いよいよこれでフィナーレだ。ショーノートによると、「number infinity(無限の番号)」と名付けられた今回のコレクションは、ヴァージルとその壮大なアイディアを受け継ぎ、彼のスタジオチームがデザインした。

ルーヴル美術館の中庭、クール・カレ(Carré du Louvre)に設置されたカーブを描く黄色いランウェイは、特大サイズの鉄道レールセットのようだった。それは、会場に駆けつけたミュージシャンで俳優のジャスティン・ティンバーレイクや、モデルのナオミ・キャンベル、NBAレイカーズのラッセル・ウェストブルック、元ツイッターCEOジャック・ドーシーといったゲストたちの中心に現れた「拡大された遊び場」のようでもあった。

ショーノートには、「おもちゃは想像力を育む道具です。幼少期の遊び道具は、夢や希望を叶えるための積み木になります」と綴られていた。会場を見るだけでも、ヴァージルへの最後のトリビュートは、悲観的なものではないのは明らかだった。驚くほど多作で、限りなく刺激的だった彼の創造の原動力となったイマジネーションを祝福するコレクションだった。

太陽が照りつけるなか、ルイ・ヴィトンの旗を先頭に、フロリダA&M大学(FAMU)のマーチングバンド「マーチング100」が大音量で演奏しながら登場し、ショーは幕を開けた。同席したフィア オブ ゴッドのデザイナー、ジェリー・ロレンゾはFAMUの卒業生だ。「この場所でマーチング100を見ることができて、心が震えています」と、バンドが過ぎ去った後に彼は語った。観覧席のフロントロウでナオミ・キャンベルの隣に座るケンドリック・ラマーは、ショーのムードをさらに盛り上げる生パフォーマンスを行った。「ヴァージル。クリエイトする。何マイル先だ? ヴァージル」とラップするケンドリックは、ルイ・ヴィトンによるマルチレイヤードのウールスーツと、ダイヤモンドに覆われたばらの冠を身に着けていた。

ヴァージルへのオマージュが散りばめられたコレクション

コレクションには、ヴァージルがルイ・ヴィトンで発表した印象的なシルエットの数々が登場した。丈夫なウールブレザーに、流れるようなフレアパンツを合わせたルックは、彼が在任中の最後の数年間、数多く制作された独創的なテーラリングを表現した。アクセサリーをガーメントに変身させるという、ヴァージルイズムが詰まった「アクセサモーフォシス」は、マルチカラーのシアリングポケットをオンしたタイダイ柄のジャケットによって復活した。ヴァージルが亡くなる直前に夢中になっていたスカートは、モトクロスにインスパイアされたレザー製をはじめ、リベットスタッズの付いたキャンバス地のワークウェアや、モスリンコットンで提案。シェニール糸を使用し、ヴィトン流にデザインした花畑で覆われたタペストリーのようなコートは、ヴァージルがこよなく愛したメゾンのサヴォアフェールの象徴だ。

ヴァージルは巨大な凧のような装置や、シカゴの高層ビル群をモチーフにしたジャケットなど、彫刻を思わせる度肝を抜くルックをランウェイに送り込むことを好んだ。今シーズンは、2人のモデルが巨大なスピーカーを背負ったルックで登場。その演出でケンドリック・ラマーのラップパフォーマンスがひときわ盛り上がりを見せ、観覧席にいたジャスティン・ティンバーレイクは曲に合わせて体を揺らし、ラップを口ずさんだ。

発表された72ルックは、これまでのコレクションと同様に、目眩がするような驚きのアイディアにあふれていた。だが、それももう終わりなのだ。マーチング100が再度登場する前に、虹色のバナーを持ったモデルたちがランウェイを歩き、ヴァージルがデビューコレクションで発表したレインボーロードを想起させた。「Long live Virgil(ヴァージル万歳)」、そうケンドリックは繰り返した。私たちが、ルイ・ヴィトンという物語におけるひとつの章の幕引きの瞬間に立ち会っているのは明白だ。今回のコレクションを「美しかった」と絶賛したジェリー・ロレンゾは、「あと少しあれば、次のコレクションにつながったかもしれない」と、そのデザインバリエーションの豊富さに敬意を表した。

今後は必然的に、後任が誰になるのかに注目が集まるだろう。ルイ・ヴィトンは、数カ月後に後任者を発表する準備を進めていると言われている。デムナ率いるバレンシアガの流れを作り、その名を冠したブランドがロンドンを席巻しているマーティン・ローズか? それとも、感性豊かなメンズウェアとアート界との深い絆で、ファッションに古典主義とエレガンスを吹き込むグレース・ウェールズ・ボナーか? あるいは、ヴァージルの弟子であるサミュエル・ロスが師匠の遺志を継ぎ、さらなる進化を目指すのか? タイラー・ザ・クリエイターは持ち前のセンスと人気をメゾンに持ち込めるか?

2023年春夏メンズコレクションは、後任が誰であろうと、才能豊かでモチベーションの高いデザインチームを受け継ぐことになるのを証明した。才能あるデザインチームの存在は、ラグジュアリーメゾンが明確で強いメッセージを確立するうえで、最も重要な要素のひとつだ。後任者は、ヴァージルが提唱したインクルージョンとアクセシビリティー、そしてコミュニティ構築の精神を継承するのが賢明だろう。ヴァージルの友人でありミューズでもあったルカ・サバトは、「これまでと同じように若いエネルギーを保ち、V(ヴァージル)を愛したすべての人たちのためにインクルーシブであり続けて欲しいと思います」と、ショーの前に語った。「ヴァージルが変化させてきたことを理解し、それに忠実であることを願います」

「偉大なデザイナーの後継者になるのは、とても難しいでしょうね。そう思いませんか?」と、ルシアン・クラークは続ける。ルイ・ヴィトンが彼のスケートシューズの生産を続けるかどうか、また、ヴァージルの死によって実現しなかった多くのアイディアに対してルイ・ヴィトンがどのような計画を持っているのか、クラークは知らないのだという。しかし、最後にもう一度、ルーブル美術館で偉大なデザイナーの夢の世界に入り込んだクラークには、そんなことはどうでもいいようだ。

ヴァージルはすでにクラークの人生だけでなく、彼のような何千もの人々の人生を変えてしまった。「正直に言うと、今の私はヴァージルと一緒にフィナーレを迎えたような気分です。ヴァージル万歳!」とクラークは言った。この先どうするかは、彼の自由だ。

From: GQ US Adapted by Etsuko Yoshikawa


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6月26日(仏現地時間)、パリでフィナーレを迎えたメンズ・ファッションウィーク・マラソン。世界各地から駆けつけたおしゃれの達人たちのストリートスタイルをお届け。
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