映画『ベイビー・ブローカー』是枝裕和監督インタビュー【後編】「ソン・ガンホの演技や作品にかける情熱は、ものすごいものがありました」

第75回カンヌ国際映画祭2冠! 『パラサイト』のソン・ガンホをはじめ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨンと、韓国の錚々たる俳優たちが豪華共演する傑作が、6月24日(金)に公開される。是枝監督に話を訊いた。その後編。
『ベイビー・ブローカー』是枝裕和監督インタビュー

【前編を読む】

韓国映画と日本映画の環境の違い

ある映画関係者からこんな言葉を聞いたことがある。

「映画は、アメリカにおいてはビジネス、ヨーロッパでは文化、中国や韓国では国策。そんななかで日本映画は……残念ながら趣味という感じかな」

是枝裕和監督

ガラパゴス化が著しい日本映画界で、ひとり気を吐く存在といえるのが、2018年に『万引き家族』でカンヌ国際映画祭の最優秀作品賞を獲得した是枝裕和監督だろう。2019年に公開された『真実』では、カトリーヌ・ドヌーヴジュリエット・ビノシュをキャストに迎えフランスで映画を制作、高い評価を得た。

その『真実』がジュリエット・ビノシュとの縁からスタートしたのと同様に、最新作『ベイビー・ブローカー』もソン・ガンホカン・ドンウォン、ペ・ドゥナといった韓国の名優たちとの「一緒に映画を撮ろう」という会話からスタートしたのだという。今作は、韓国を舞台にしたロードムービー。2カ月半にわたる撮影の中で、監督はどんなことを感じていたのだろうか?

『ベイビー・ブローカー』メイキングより

「日本映画との違いでいえば、まず撮影の期間ですね。今回は2カ月半で撮っているのですが、実際に撮影したのは約45日で『万引き家族』とほぼ同じなんです。ただ『万引き家族』の撮影期間は50日くらいかな。ほぼ休みなく進めていた。これが韓国だと、2日撮ったら1日休む、くらいのペースで進められるわけです。最初はちょっと戸惑いました。そんなに休んだら、俳優もせっかく役に入ったのが抜けちゃうんじゃないかと。でも実際にやってみると、やっぱり余裕があることで、キャストもスタッフも常にフレッシュな気持ちで現場に臨める。僕自身も撮休の日にじっくり考えることができて、すごくよかったと思っています」

スタッフの総数も韓国のほうが圧倒的に多いという。『ベイビー・ブローカー』の場合、常に100人以上のスタッフがロケに参加していた。

「スタッフの技術的な面は、日本より韓国が優れているとは思いません。日本にも素晴らしいスタッフがたくさんいますから。ただスタッフの人数が多いということは、準備などにかかる時間が短くてすむということ。それは僕にとってはすごくありがたい。もちろん、大人数が長期間動けば、それだけお金もかかります。韓国でそれができるのは、見ているマーケットが違うということでしょうね」

『ベイビー・ブローカー』メイキングより

韓国では、この10年ほどの間に、映画業界の環境が大きく変わった。『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督や『お嬢さん』のパク・チャヌク監督などの世代が台頭し、業界全体が一気に若返り、日本で問題となっているパワハラやセクハラも一掃されたのだという。

「だからスタッフは20代、30代がほとんど。50代は、僕とカメラマンくらいだったんじゃないかな(笑)。日本だと60代で現役のスタッフもまだたくさんいますが、韓国ではそういう人はいない。どっちがいいか、正しいかは一概にはいえないですね。もちろん若い人が多い現場にはエネルギーはありますが、それだけ切り捨てられている人たちもいるということ。映画業界に限らず、韓国では40代以降は生き残りをかけた『イカゲーム』みたいな社会になってしまっているようで、それはそれで大変だなと思います」

『ベイビーブローカー』より。ソン・ガンホ

今作には、カンヌ国際映画祭で男優賞を受賞したソン・ガンホをはじめ、韓国映画業界のトップスターが参加。なかでもソン・ガンホの作品にかける情熱には感嘆したという。

「彼は、韓国での撮影に慣れない僕をサポートしようという気持ちを強くもっていたと思います。撮影がある程度進むと、僕が夜間に仮編集をするのですが、彼は翌朝、僕より早く現場に入って、その編集を見て、毎朝のようにいろいろな提案やアドバイスをしてくれるんです。『あのシーンは、別のテイクのほうがいいんじゃないか』とか『僕のセリフの言い回しは、別のほうがいいと思う』とか。そんな俳優には会ったことないですね。スタッフに聞いたら、彼は他の現場でも同じようなことをしているらしいんです。それだけ自分の演技や作品に心血を注ぎ込んでいるんですよ。緻密に準備して、細かくチェックして、でも演技になると、ものすごく雑なただのオジサンに見える(笑)。そこが彼のすごいところだと思います」

『ベイビーブローカー』より。カン・ドンウォン

今回、韓国で映画作りをしたことは、今後の是枝映画、あるいは日本映画に還元されるのだろうか?

「いろいろ考えることはありましたね。日本は技術的な部分も俳優のレベルも決して劣っているわけではないんです。むしろ世界的に見て高いといってもいい。でもだからといって、日本の映画界が今のままでいいとも思えない。じゃあ、どこから手をつければいいのか……いま一生懸命考えています」

SASU TEI

日本映画のことを「趣味だ」と揶揄する気持ちは、正直わからないでもない。ハリウッドや韓国の映画と比較して、「日本映画は……」と嘆きたくなるような作品も少なくないだろう。でもそんなふうに思って日本映画を避けている人にこそ、『ベイビー・ブローカー』を観てほしい。この映画は、日本映画ではないが、日本的な細やかな感情の積み重ねで紡がれている。決して明るい題材ではないが、希望に満ちている。是枝裕和という監督に日本映画の未来を託したい。そんなふうに思わせてくれる作品であることは、間違いない。

『ベイビー・ブローカー』

6月24日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
© 2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED 
配給:ギャガ
公式ホームページ:https://gaga.ne.jp/babybroker/

『ベイビーブローカー』メイキングより

是枝裕和(これえだ ひろかず)
PROFILE
1962年6月6日、東京都生まれ。早稲田大学卒業後、テレビマンユニオンに参加。2014年に独立し、制作者集団「分福」を立ち上げる。1995年、『幻の光』で監督デビューし、ヴェネチア国際映画祭で金のオゼッラ賞を受賞。2004年の『誰も知らない』では、主演を務めた柳楽優弥がカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞。その他、『ワンダフルライフ』(98)、『花よりもなほ』(06)、『歩いても 歩いても』(08)、『空気人形』(09)、『奇跡』(11)などを手掛ける。
2013年、『そして父になる』で第66回カンヌ国際映画祭審査員賞を始め、国内外で多数の賞を受賞。2018年、『万引き家族』が、第71回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞し、第91回アカデミー賞®外国語映画賞にノミネートされ、第44回セザール賞外国映画賞を獲得。第42回日本アカデミー賞では最優秀賞を最多8部門受賞する。
2019年公開の、カトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークらを迎えた初の国際共同製作作品『真実』は、日本人監督として初めてヴェネチア国際映画祭コンペティション部門オープニング作品に選定された。

取材と文・川上康介、写真・SASU TEI


『ベイビー・ブローカー』是枝裕和監督インタビュー
第75回カンヌ国際映画祭2冠! 『パラサイト』のソン・ガンホをはじめ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨンと、韓国の錚々たる俳優たちが豪華共演する傑作が、6月24日(金)に公開される。是枝監督に話を訊いた。その前編。
是枝裕和監督最新作『ベイビー・ブローカー』をもっと面白く観るための是枝映画3選
6月24日(金)に、カンヌ国際映画祭で2冠を獲得した是枝裕和監督の映画『ベイビー・ブローカー』が公開される。観る前でも観た後でも、是枝監督の歩みをもっとよく知ることができる3作品を、篠儀直子がセレクトした。