テレビアニメ『平家物語』の“新しさ”とは?──「わたしたち」という視点

作家・古川日出男が新訳した『平家物語』(河出書房新社)が、山田尚子×吉田玲子×高野文子×牛尾憲輔ら気鋭クリエイターと豪華声優陣によってテレビアニメ化された。この話題作の“新しさ”とはなにか? アニメ批評家の上田麻由子が分析する。
平家物語

花が、咲いている。白い椿だろうか。蝶が、飛んでいる。桜がはらはらと散り、蛍がぼんやりとした光の尾を引きながらあたりを舞い、紅葉が鮮やかに色づき、そうこうするうちにあたりは一面、雪に覆われる。テレビアニメ『平家物語』ほど、花々やそれを取り囲む自然に目を奪われるアニメはなかなかない。しかもそれは「雄大な自然」とか「母なる自然」と呼ばれるスケールの大きなものというよりは、ささやかで奥ゆかしく、しかし凛とした佇まいでわたしたちの日常に寄り添うようなものだ。

そして『平家物語』における花といえば、平徳子というひとりの女性の存在がある。平清盛の娘として高倉天皇に嫁ぎ、安徳天皇を産む。そんな史実に忠実に描かれつつも、このアニメでの徳子は、明るくてはっきり自分の意見を言うのに物腰が柔らかく、主人公である琵琶法師の少女「びわ」を相手に頬杖をついたりごろんと寝っ転がったりして話す様子は、まるで親戚のお姉さんのようでとても愛らしい。

しかし徳子が、ただその賢さと気高さとともに生きていけるかというと、そうは時代が許さない。男の格好をして育てられた「びわ」に、そのほうがいい、女なんて……と遠くを見る、その目に帯びた憂いに、このあと彼女を待っている壮絶な人生を思ってせつなくなると同時に、女であることの生きづらさに日々ため息をついているわたしたちとのあいだに絆が生まれ、どんな苦しい歩みにも寄り添いたくなる。

この「わたしたちの」という視点は、古川日出男が現代語訳した『平家物語』を何人もの女性スタッフを中心にアニメ化した本作のひとつのテーマだ。監督は、映画『けいおん!』『リズと青い鳥』など京都アニメーションで活躍した山田尚子。たんぽぽの綿毛で撫でられるようなくすぐったさと甘くせつない疼きをもたらす、五感に訴えかける演出で知られる。そんな彼女が「どうしても目の離せなかった女の子。確かにひとめぼれでした」と語る徳子をはじめ、飄々としていながら、生きている人の温もりをたしかに感じるキャラクター原案は、漫画家の高野文子。そして900ページ近い原作をまとめた脚本は、筋の通った物語で信頼と実績のある吉田玲子。

未来が見える右目を持った「びわ」。平家の良心と言われた平重盛(彼は死者が見える左目を持っている)に拾われた彼女が、その滅亡までの数年間を共に過ごし、のちに琵琶の音色とともに自らの目で見てきたものを語ることになる。決して猛々しい武士たちの軍記物語というだけではない。弱さも、戸惑いも、恐れも、悲しみも、諦めも、そのうえですべてを受け止めようとする強さもある。このアニメを通して、ただの「古典」ではない、新たな色を帯びた人たちの声が、息遣いが、いくつも聞こえてくるだろう。

そこには何気なくも、かけがえのない日常があって、ひとりの人間にはどうにもできない大きくうねる渦のような出来事があり、みずからの無力さにくずおれ砂を噛むこともある。それでもできることは「語る」こと──琵琶法師「びわ」に託された、たくさんの表現者たちの決意と覚悟も、ここには込められている。

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『平家物語』

平安末期。平家一門は、権力・武力・財力あらゆる面で栄華を極めようとしていた。亡者が見える目を持つ男・平重盛は、未来が見える目を持つ琵琶法師の少女・びわに出会い、「お前たちはじき滅びる」と予言される。貴族社会から武家社会へ──。日本が歴史的転換を果たす、激動の15年が幕を開ける。

公式ホームページ:https://heike-anime.asmik-ace.co.jp/

上田麻由子(うえだ まゆこ)
PROFILE
大学講師。専門はアメリカ文学、アニメ批評など。著書に『2・5次元クロニクル2017-2020 合わせ鏡のプラネタリウム』(筑摩書房)、訳書にサンドラ・スター『ジョゼフ・コーネル水晶の籠』(TPH)、ロクサーヌ・ゲイ『むずかしい女たち』(河出書房新社、共訳)など。

©「平家物語 」製作委員会

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