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男性たちにも、“信愛の情”が必要──トレバー・ノアが語る、トキシックマスキュリニティの弊害【社会変化を率いるセレブたち】

人気スタンドアップコメディアンのトレバー・ノアは、女性の権利の保護ついて訴えるのと同時に、性犯罪事件の背景にあるトキシックマスキュリニティ(有害な男らしさ)の存在を、持ち前の鋭い感性で指摘する。
LAS VEGAS NEVADA  APRIL 03 Trevor Noah attends the 64th Annual GRAMMY Awards at MGM Grand Garden Arena on April 03 2022...
LAS VEGAS, NEVADA - APRIL 03: Trevor Noah attends the 64th Annual GRAMMY Awards at MGM Grand Garden Arena on April 03, 2022 in Las Vegas, Nevada. (Photo by Jeff Kravitz/FilmMagic)Photo: Jeff Kravitz / Getty Images

「治安の悪い都市で外出することは、女性にとってリスクが伴います。そのため、そうした地域で暮らす女性たちは、毎日就寝前にその日の新聞と自分のセルフィー写真を友人同士で送り合い、無事に帰宅できていることを常に互いに確認しあっているのです。ですが、ほとんどの男性はこういうことをしません。女性たちの方が脅威に晒される確率が高いからです」

2021年3月、人気番組「The Daily Show」で性犯罪事件等のニュースを伝えた後に、こう語った番組MCのトレバー・ノア。彼は、現在アメリカを拠点に俳優・スタンドアップコメディアン・政治評論家として活躍するマルチタレントだ。

アパルトヘイト法がまだ有効だった1984年、異人種間の性的関係や婚姻が違法とされていた南アフリカで、ノアは南アフリカ人で黒人の母パトリシアとスイス人で白人の父ロバートとの間に生まれた。そのため、警察による逮捕を恐れたパトリシアはヨハネスブルグのスラム街ソウェトで彼を育てた。その後、ヨハネスブルグ郊外のローマ・カトリック系の私立学校に進学し、彼自身はずっと白人・黒人どちらにも属さない扱いを受けていた、と2016年に出版した自伝『トレバー・ノア 生まれたことが犯罪!?』に綴っている。

2002年頃から若者向けラジオ局YFMで冠ラジオ番組「Noah's Ark」のホストを務めるなど、タレントとして活躍後スタンドアップコメディアンに転身。その天賦の才で頭角を現すと、2012年1月には、南アフリカ出身のスタンドアップコメディアンとして初めてアメリカのロングラン深夜番組「The Tonight Show」に出演し、満を持してアメリカのショービジネス界に進出した。以降「Late Show with David Letterman」等の人気番組への出演を経て、ワンマンコメディショー「Trevor Noah: The Racist」で一躍大スターとなった。そして2022年、7年間MCを務めてきた人気番組「The Daily Show」から12月8日の出演を最後に降板することを発表。新たな目標に向かって一歩踏み出すことを明かした。

一方で、ノアは自らの財団The Trevor Noah Foundation  を立ち上げるなど、長きにわたり若者の教育拡充に取り組んできた。同時に、彼が公私に渡り尽力しているのが、女性の権利の保護だ。

故郷ヨハネスブルグの女性たちの窮状

2022年4月に行われた第64回グラミー賞にてステージに立つ、スタンドアップコメディアンのトレヴァー・ノア。Photo: Emma McIntyre / Getty Images for The Recording Academy

ハーヴェイ・ワインスタインの一連の事件が発覚してからすでに2週間が経ちます。そして現在、ニューヨーク市警察は捜査しているにも関わらず、事態は一向に進展しない。一方で、これはハーヴェイ・ワインスタインだけの問題ではなく、女性側にも問題があったと言う人もいる。『だってそれがハリウッドだから』と。でも、これはハリウッドの問題でも、女性の問題でもない。これは男性の問題なのです」

2017年、ハリウッドで大規模な#MeToo運動が起こった際、英「ガーディアン」紙の取材に対してこうコメントしたノア。故郷南アフリカの女性たちがおかれた過酷な状況を、幼い頃から目の当たりにしてきた彼にとって、女性の権利の保護やジェンダー問題への取り組みは常に最優先事項なのだ。

在南アフリカ共和国日本大使館によると、ヨハネスブルグは1994年の全民族参加による総選挙で新政権が誕生してから約28年が経過した現在も、社会情勢において数多くの課題を抱えており、特に都市部は世界的に見ても一般犯罪が最も多い地域の一つと言われている。また、国内に違法銃器が氾濫し、殺人や強盗といった凶悪犯罪も横行している上、女性を標的にした性暴力は1日146件と世界的にも高い確率で発生しているという。

2022年8月には、ヨハネスブルグで行われていたミュージックビデオの撮影現場に20人の男が押し入り、8人の女性モデルが銃で脅され、集団レイプされるという悲惨な事件が報じられた。事件を受け市内には暴徒化した市民が溢れ、被害者の1人は「この被害にあった他の女性たちのために、正義を徹底的に追求する」と語り、ヨハネスブルグ裁判所前には数日間にわたり大規模な抗議デモが発生した。こうした現状に対し、ノアはこう語る。

「道を歩いているだけでも卑猥な言葉を浴びせられるなど、女性は日常的に性的な嫌がらせを受けることが多く、聞こえないふりすると襲われる可能性もある。だから多くの女性が何も聞こえないように、わざとヘッドフォンをしているのです。本当に音楽を聴いているかどうかは関係ありません。これなら、男性が声を掛けてきても“無視”することができます。女性が外出するということは、安全な場所を探すのと同じこと。そして迂闊に“モンスター”に目をつけられないように、こうして完全武装して家を出なければならないのです」

従来の“男らしさ”に終止符を

2022年10月に放送された「THE TONIGHT SHOW STARRING JIMMY FALLON」にて司会者のジミー・ファロンとともに。Photo: Todd Owyoung / NBC via Getty Images

先の性暴力事件を受け、南アフリカでは与党アフリカ民族会議の政策会議で、性犯罪者に薬物療法による化学的去勢を法的に適用すべきだという声が上がった。一方で、女性たちもスタンガン等の武器を携帯し、護身術を自らも身につけるよう諭す社会の流れは依然として変わらない。しかし、こうした状況のままでは、性犯罪をはじめとする暴力事件の根本的な解決策を見いだせない、と番組の中でノアは語気を強める。

「男性が設定した社会のルールの中で、女性がその従属物として扱われていることが一番大きな問題です。だから、被害者側に対策を提案する以前にすべきことがあるはず。つまり、女性は従属物ではないということを早期から自覚させること。そして、すべてのジェンダーの人々がこうした性犯罪の脅威に晒されている現状がある中、私たち全員が個を尊重することや、被害者側の心身状態を想像できる力を養うよう、幼少期から教育する必要があるのです」

トキシックマスキュリニティ(有害な男らしさ)による女性蔑視や、女性に従属を強要する価値観等を変えていくべく、鋭い視点で問題提起を続けるノア。こうした中、2022年10月に放送されたテレビ番組の中で、男性とセックスの権利について語り、男性たちには“信愛の情”が必要だという持論を展開し、視聴者から大きな支持が寄せられた。

「私たち男性は、男性同士で信愛の情を表現したり、労わる優しさを見せたり、共感し合ったり、互いの弱みを見せ合い、かばい合うことを“負け”とする社会を作ってしまった。男性同士が『好きだ』と友愛を伝え合うことは恥だとする社会にしてしまった。相手を支配下に置き、優位に立つことが、何よりも優先すべきことだと。だから“弱いものいじめ”が起きてしまうのです。もうそろそろ、この従来のあり方に終止符を打っても良いのではないでしょうか?現在、世界にはダイナミックな変化が起きています。私は、全てのジェンダーが生きるこの社会に、今すぐにでもポジティブな変化が起きることを期待せずにはいられません」

Text: Masami Yokoyama  Editor: Mina Oba