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テキーラから始まる、メキシコのジェンダーギャップ改革!クラセアスールの挑戦

テキーラを通じて、メキシコの男尊女卑や先住民族が置かれている経済的困窮、伝統文化の存続など、社会課題の解決に多角的に挑むラグジュアリーブランド、クラセアスール。性差別などをなくすために女性たちが成し遂げてきた歴史を振り返り功績を称える3月の女性史月間に、メキシコの一企業のソーシャルグッドな取り組みを深掘りする。

クラセアスールのテキーラやメスカル。芸術的な陶器デキャンタが目を引くだけでなく、6~8年かけて成熟させたブルーアガベを100%使用しており、丹精込めて時間をかけてつくられたテキーラやメスカルは、どれも違った深い味わいと表情をもつ。手前中央がシグネチャーの「クラセアスール・レポサド」。アメリカンオーク樽で8ヶ月熟成した滑らかな味わいが特徴だ。Photo: Zenith Adventure Media / Courtesy of Clase Azul México

メキシコを代表する蒸留酒「テキーラ」。ひとくちにテキーラといっても種類が豊富にあり、これまでの概念を覆す高品質なラグジュアリーテキーラは悪酔いしにくいとも言われ、ハリウッド俳優や世界各地の富裕層から愛される“セレブのお酒”としても知られている。

1997年に創業したクラセアスールは、ラグジュアリーテキーラを生み出すブランドのひとつ。メキシコの伝統工芸技術を継承したデキャンタの美しいデザインが目を引くだけでなく、長年受け継がれてきた製法を守りながらつくられたクラフトテキーラの香りや味わいは世界中で高く評価されている。2020年には日本にも上陸し、その上品な味わいは一度口にすると虜になり、唯一無二な魅力からファンは増え続けている。そんな気鋭のブランドが高く評価される理由は、その美味しさからだけではない。クラセアスールは創業時から、メキシコにおけるジェンダーギャップの解消や、先住民族の人権や伝統を守る取り組みに心血を注いできた。

男性の方が女性よりも経営者として優れている? メキシコの男女格差と先住民族をめぐる課題

テキーラの原料となるブルーアガベ。ミネラル豊富な土壌が特徴のハリスコ州のハイランドで収穫される。Photo: Zenith Adventure Media / Courtesy of Clase Azul México

ハーバード大学の資料によると、メキシコには昔から“マチスモ(Machismo)”と呼ばれる概念が存在し、男性の社会的地位は女性よりも高いという男尊女卑の考えが古くからある。しかしグローバル化に伴い、2000年初頭からメキシコ政府や民間企業はジェンダーギャップや性差別の解消に力を入れてきたことによって、120の企業を対象に行った調査では従業員の80%が「自分が所属する企業はジェンダーダイバーシティに取り組んでいる」と評価し、さらに6割が「多様性が企業に良い影響をもたらしていると実感している」と回答した(2022年8月、マッキンゼー・アンド・カンパニーが発表したリサーチより)。一方で、同調査は固定観念の払拭は依然として課題であるとし、メキシコでは5人に1人の割合で「男性の方が女性よりも優れた経営者である」と考え、また5人に1人が「大学進学は、女性よりも男性にとって重要である」と考える調査結果を明らかにした。さらに、4人に1人が「採用時に男性を優遇する」と回答したというレポートもあり、まだ取り組んでいくべきことは多そうだ。

また、もう一つ大きな課題は、メキシコに推定2320万人いるとされている先住民族コミュニティが置かれている社会的・経済的格差だ。2020年8月にUNESCOが発表した資料によると、先住民人口全体の69.5%が「貧困」の状態にあり、27.9%が「極度の貧困」状態にあるとしている。また、メキシコの経済誌によると、先住民労働者はそうでない労働者人口より収入が18%低く、さらに先住民の女性は35%低いと言われている。その要因としては、教育格差や社会的保障の少なさ、さらには先住民の女性たちの多くが人身売買の犠牲になっていることなどが考えられる。

先住民族や女性たちの暮らしを豊かにし、“文化の守護神”としてテキーラが果たせる役割

陶器のデキャンタはメキシコの先住民族が暮らすサンタマリアカンチェスダという小さな町で作られている。Photo: Zenith Adventure Media / Courtesy of Clase Azul México

こうした社会的な背景があるメキシコで、クラセアスールは“文化の守護神”となるべく非営利団体「Fundación Causa Azul」を2012年に設立し、女性や先住民族のコミュニティを強化しながら、職人の育成や経営のノウハウを提供することで伝統工芸文化の保護と継承に力を入れてきた。今ではブランドのアイコンともなっている伝統工芸品の陶器デキャンタをテキーラのボトルに採用したのも、その狙いがある。マサワ族に伝わる古代の製法で陶器の成形からペイントまで、一つひとつ手作業で行われるため、現地コミュニティと伝統を守るために工場や養成学校を作り、新しい雇用を生み出してきた。 UNESCOによると、工芸品の製作とその販売は先住民族の経済的活動の3分の1以上を占めていることから、育成や販路の拡大は大きな意味を持つ。同ブランドのチーフ・ピープル・オフィサー、イヴァン・ルエスガはこう語る。

「私たちが製作するデキャンタの中には語るべき歴史があり、職人たちは芸術によって伝統、信念、感情を表現することで、一つひとつにエネルギーが宿ります。そしてこれこそが、メキシコの文化をさまざまな角度から表現し、世界を魅了する芸術的遺産となるのです」

クラセアスールが建設した保育施設。Photo: Courtesy of Clase Azul México

現在、デキャンタ工場で働く職人の半数以上が女性であり、その中の3割がメキシコの小規模コミュニティ出身だという。先住民族の人たちが多く暮らす小規模コミュニティでは、女性が若い年齢で出産し、育児に追われ自らの仕事を犠牲にしてしまうことで貧困を招くケースが非常に多く見られるという。こうした中、クラセアスールはキャリアにおける技術的な支援だけでなく、環境の整備にも取り組んできた。

「性別やその他の要因に関係なく、誰もが自分の目標を追求し、最高の人生を歩むことを奨励されるべきだと、私たちは心から信じています。女性たちが自分の持つスキルを発見し、それを向上させるためのリソースや機会を提供することで、エンパワーメントとライフワークの構築に繋がります。育児や教育などのサービスは、残念ながらまだ多くのコミュニティで利用できないため、私たちの従業員や小規模コミュニティに属する人々が利用できる保育施設を建設することに加え、2023年には『クラセアスール大学』という教育プラットフォームを立ち上げる予定です。このプラットフォームでは、十分な教育を受けることができないコミュニティにいる人材を発掘し、当社での就業体験に向けたトレーニングプログラムを提供する予定です」とルエスガは言う。

固定観念を払拭し、女性たちの“スペース”を切り開いて

蒸留長のヴィリディアナ・ティノコ。Photo: Courtesy of Clase Azul México

これまで男性が活躍することが多かったテキーラ業界で、同ブランドでは現在女性の蒸留長を筆頭に、多くの女性たちがリーダーシップを発揮している。蒸留長のヴィリディアナ・ティノコは仕事への情熱ややりがいを語ってくれた。

「マスターディスティラー(蒸留長)の仕事はとても楽しく、工程や条件を変更することで製品がどのように変化するかを分析的に調査することに情熱を注いでいます。テキーラの研究センターもあり、テキーラの原料であるブルーアガベ(リュウゼツラン)を育てる標高と味の因果関係や、発酵の温度・時間、酵母や樽の種類、熟成工程などを変えながら、最高品質のラグジュアリーテキーラを作っています。これはチームの努力であり、私はすべての同僚のサポート、協力、努力なしにはこれを実現することはできません。蒸留酒は音楽にもよく似ていて、誰もが役割を果たし、完璧なメロディーを作るための音色を奏でているのです」

2022年には、女性社員がお互いのスキルを共有し、高め合うことを目標に、「WIL CAM (Women in Leadership Clase Azul Mexico)」という社内組織が立ち上がった。言語、性別、社会的・経済的地位などを理由に格差が生まれている現状を解決に挑む同ブランドの挑戦は、今世界へと広がっていっている。WIL CAMの主要メンバーであるティノコは最後にこう語った。

「WIL CAMはメキシコ、アメリカ、ヨーロッパアジアなど、世界各地で活躍するクラセアスールのメンバーで構成されています。それぞれの文化的特徴を理解しあいながら、これまで『男性のもの』と考えられていたことに変化をもたらすためのスキルを学び、実践するプログラムを実施しています。ワークショップやインスピレーショントーク等々を通して、リーダーシップスキルを向上・後押しすることに力を入れることが、これまで男性にだけ開かれていたポジションに女性たちの“スペース”を切り開くことに繋がり、キャリアや生活の質を上げることにつながっていくと確信しています」

Text: Mina Oba