是枝裕和監督最新作『ベイビー・ブローカー』をもっと面白く観るための是枝映画3選

6月24日(金)に、カンヌ国際映画祭で2冠を獲得した是枝裕和監督の映画『ベイビー・ブローカー』が公開される。観る前でも観た後でも、是枝監督の歩みをもっとよく知ることができる3作品を、篠儀直子がセレクトした。
是枝裕和監督最新作『ベイビー・ブローカー』をもっと面白く観るための是枝映画3選

『誰も知らない』© 2004「誰も知らない」製作委員会

『誰も知らない』(2004)

明(柳楽優弥)は母親(YOU)とともにアパートへ越してくる。ふたりきりの母子家庭だと母親は大家に説明するが、実はほかにも父親の違う子どもが3人、こっそり一緒に住んでいる。子どもたちは誰も学校にはかよっていない。やがて新しい恋人ができたらしい母親は家に帰ってこなくなる。金も底をつき、水道も電気も止められてしまった子どもたちの生活の行方は……?

『幻の光』(1995)、『ワンダフルライフ』(1998)などですでに海外から注目を集めていた是枝裕和が、ひきつづき複数の国際映画祭で受賞しただけでなく、キネマ旬報ベスト・ワンに選ばれるなど国内でも絶大な評価を得て、現代日本映画を代表する監督のひとりと目されるに至った1本です。のみならず、実際に起きた事件にインスピレーションを得ていること、家族の物語であること、社会のエアポケットにはまりこんでしまった人々を描いていること、そして、子どもたちから非常に自然な表情を引き出していることなど、『ベイビー・ブローカー』を含むのちの作品の多くに通じる要素がここにはぎゅっと詰まっていて、その意味でも是枝映画の原点だと思えます。

出来事を価値判断をまじえずに切り取って淡々と積み重ねていくスタイルは、是枝監督がドキュメンタリー番組のディレクターとして出発したという事実を想起させます。観客の心に突き刺さり、いつまでも忘れられない印象を残した14歳の柳楽優弥が、この作品でカンヌ国際映画祭の主演男優賞を獲得したのは周知のとおりですが、彼にとってこれは文字どおり初めての俳優仕事だったのですから、本人の才能はもちろんのこと、オーディションで彼を見出した是枝監督の慧眼も、その演出力も恐るべし。

『そして父になる』Blu-ray&DVD  好評発売中/発売元:フジテレビジョン/販売元:アミューズソフト/© 2013「そして父になる」製作委員会

『そして父になる』(2013)

一流企業に勤める野々宮(福山雅治)は、妻(尾野真千子)と、私立小学校への入学を控えた息子とともに、都内の高層マンションで何不自由ない暮らしを送っている。ある日、息子が生まれた病院から連絡があった。群馬で小さな電器店を営む夫婦(リリー・フランキー、真木よう子)とのあいだで、子どもの取り違えがあったというのだ。子どもの将来のためにはどうしたらいいのか。決断を迫られる両家だが……。

この映画の製作過程で養子縁組制度について調べたことが、『ベイビー・ブローカー』の構想につながったと是枝監督は語っています。自分の父親とのあいだに問題を抱え、子どもに対してどうふるまったらいいのかがまったくわからなかった主人公が、タイトルどおり「父になる」までの物語ですが、血のつながりと家族の絆について問いなおす映画だという点で、言うまでもなく、のちの『万引き家族』(2018)と『ベイビー・ブローカー』の先駆けでもあります。

カンヌで審査員賞を受賞したこの映画は、異論はあるでしょうけれど、おそらく是枝作品のなかでも最も幅広い層に届く映画ではないでしょうか。設定が明快でわかりやすく、華のあるキャストが観る者を惹きつけます。『花よりもなほ』(2006)あたりから、是枝映画の多くは、アート系作品の性格を持つスター映画という様相を帯びはじめますが、ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナという国際的スター(および、個人的には『野球少女』のイ・ジュヨンの出演もうれしい)が顔をそろえる『ベイビー・ブローカー』も、この路線を引き継いでいると言えるでしょう。

『真実』photo L. Champoussin © 3B-Bunbuku-Mi Movies-FR3

『真実』(2019)

家族にも似た寄せ集め集団が法の外で生きる物語だという点で、『ベイビー・ブローカー』は『万引き家族』と対になっている作品です。ロードムービーという点では『奇跡』(2011)と共通しています。これらもぜひ『ベイビー・ブローカー』と合わせてご覧になってほしいと思いますが、この記事では最後に『真実』を挙げておきましょう。『ベイビー・ブローカー』に先立ち、是枝監督が日本語以外の言語で初めて撮った作品です。

女優ファビエンヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)の初の自伝の刊行が迫り、娘のリュミール(ジュリエット・ビノシュ)が、夫(イーサン・ホーク)と幼い娘を連れてNYからやって来る。ところが自伝に書かれていることはほとんどフィクションだった。「女優が真実を語ってどうするの、そんなの誰も求めてない」とうそぶくファビエンヌ。ちょうどそのころ、ファビエンヌが出演するSF映画(原作はケン・リュウ「母の記憶に」)の撮影がスタート。現場に付き添うリュミールは、母の「真実」の姿を深く探っていくことになる……。

母と娘の関係、虚実を行きかう役者という存在など、さまざまな論点をはらむ物語。複雑そうに見える一方、とても「ウェルメイド」なものを見たという印象を残す映画でもあります。カトリーヌ・ドヌーヴというレジェンドまでもが加わった超強力キャストが、日本語で撮られたこれまでの是枝映画と同様、子役を含めて全員のびのびと画面内に存在している様子は、監督がどれほど俳優たちを信用しているかを感じさせます。演者と監督との深い信頼関係こそが、是枝作品の世界を支える大きな柱なのかもしれません。

『真実』Blu-rayコンプリート・エディション:¥7,700(税込)/Blu-ray:¥5,280(税込)/DVD:¥4,180(税込)発売・販売元:ギャガ © 2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA

篠儀直子(しのぎ なおこ)
PROFILE
翻訳者。映画批評も手がける。翻訳書は『フレッド・アステア自伝』『エドワード・ヤン』(以上青土社)『ウェス・アンダーソンの世界 グランド・ブダペスト・ホテル』(DU BOOKS)『SF映画のタイポグラフィとデザイン』(フィルムアート社)など。

映画『FLEE フリー』──世界が絶賛するドキュメンタリー・アニメーション。その見どころは?
アフガニスタンからの難民体験、セクシュアリティについての苦悩……。2022年度アカデミー賞3部門ノミネート、そのほか、世界の映画祭などで“82受賞136ノミネート”の傑作が、6月10日(金)にいよいよ公開される。
トム・クルーズ主演『トップガン マーヴェリック』は、明朗戦争アクション映画の古典と現代性を兼ね備えた快作だ!
今年一番の注目作、『トップガン マーヴェリック』が5月28日(金)ついに公開! 篠儀直子は「前作を観たことがある人にこそ、ぜひ事前に観なおしてほしい」と語る。