BEAUTY / WELLNESS

精神科医に聞く、“自分だけの基準”を作る方法——「皿洗い」が瞑想にもなりえるメンタルヘルス術

これからのウェルエイジングに不可欠なのが、健康的な心のあり方。多様化する価値観や美の基準とどう向き合い、自分はどんな道を目指すのか。そのヒントを精神科医に聞く。キーワードは「村一番の踊り子」。昔と今……その真意とは?

30代前半で好奇心は低下する? ならば、どうすべきか

2023年春夏のバルマンには、58歳のクリステン・マクメナミーがキールックを着用。 Photo: Gorunway.com

ランウェイやキャンペーンヴィジュアルにおいて、“オーバー40”のスーパーモデルたちが目覚ましい活躍を見せている。彼女たちは決して昔と変わらない魅力を誇っているわけではない。むしろ歳を重ねることでその美しさを増幅・刷新させており、だからこそ私たちは惹きつけられる。体や肌の、年齢による変化が不可避であるのは皆同じ。ならばどんなふうにエイジングと向き合えば、滲み出るような成熟した美しさを目指せるだろう。

美への固着を描く映画『ネオン・デーモン』(2016)より。Photo: © Broad Green Pictures /courtesy Everett Collection

Courtesy Everett Collection

ここで鍵となるのが、心のありようだ。精神科医のkagshunさんは、ふたつのマインドセット法を提案する。「まず絶対的な“美の正解”を探そうとしないこと。世にはびこるフィルターを通して表現された美に対し冷静な目を持つことです。過去の若さに固執したり、同じ世代のセレブリティと比べて自分を卑下するのもナンセンス。外見も精神も、その人らしい感性が変化しながら息づくことこそが美しさの重要な条件であり、それは他者と比較するものではありません」。世界中の誰にとっても完璧に美しいということはあり得ないのだから、自分はどんな美しさを目指すのかを考えたとき、必要以上に世間一般の外見的価値基準に引っ張られる必要はない。また、自分が誰にとって快い存在になりたいのか、リアルなスケールで具体的に考えることも大切だという。意外とそれは愛する人ひとりで事足りるのかもしれない。

2023年春夏のバーバリーはカレン・エルソン(44歳)を起用。Photo: Gorunway.com

もうひとつが、自分自身を成長させる姿勢を持つこと。「淡々と積み上げて達成感が得られるものを、ひとつ持ってみるといいです。外国語の単語や 文法を覚えていく、ストレッチで体の可動域を徐々に広げていく、スキンケアで肌のハリを感じていくなど。副業を始めてみるのもいいでしょう」。継続して打ち込めば、少しずつでも成長の実感が得られ、これが「やればできる」という自己肯定の姿勢を育んでいく。「実は、考えや思考、行動を司る脳の前頭葉は30代前半までにその成長を終えます。すると新しいことに挑戦してみようという意欲が起こりにくくなるんです。だからこそ少しでも気になったなら、躊躇せずなんでもトライしてみましょう」。自分自身に自信を 持てるようになれば、他者から承認されなければならないという不安から距離を置けるというメリットも。素敵な誰かに憧れること自体は決して悪くないけれど、比較して優劣を考えてしまうと、目標のレベルが果てしなく上がってしまう危険がある。比べるなら、その相手は過去の自分であるべきだ。
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自分に合った瞑想術を見つけ出す。例えば「皿洗い」

映画『TENET テネット』(2020)を観ているとある種の瞑想状態に。Photo: Melinda Sue Gordon / © Warner Bros. / Courtesy Everett Collection

何かに打ち込む際に重要なのが、自分の特性を把握することだという。「人にはそれぞれ生まれ持った性質があり、これはきょうだいや親子でも異なる場合があります。おすすめしたいのがいくつかの軸で特性を診断すること。心理学では『BIG 5パーソナリティ』という考え方があり、例えば外向性、誠実性、協調性など、多面的に自分の現在地を捉えることができます。才能や性質の方向性がわかるため、打ち込むものを選びやすくなるだけでなく、成功する確率を上げることが可能です。また、世の中には自分とは異なる性質を持つ人がたくさんいるという理解を深めることもできるはず。必要以上に他人にイライラしたり、期待することがなくなります

絶対的正解のない世界で自分なりの指標を探すとき、ふと不安や焦りなど、ネガティブな感情にとらわれそうになったときはどうしたらよいのだろう。kagshunさんは「揺れないメンタルを鍛えるためには“今”に意識を向けることが重要」と話す。「ネガティブな思考に陥りやすいときは、過去や未来に意識を置きがちです。一旦考えるのをやめるために、今この瞬間の何かに集中してみることをおすすめ。例えば皿洗い。作業中はお湯の温度、汚れの位置、落ちていく経緯などを観察することに意識を向けてみます。食事をじっくりと味わったり、パズルやプラモデルなどもいいです。目の前の作業に没頭すると脳が休まります。このとき脳では、過去を振り返り、未来の予測をしたりと常に稼働している神経回路『デフォルト・モード・ネットワーク』の過度な活動が抑制され、不安などの余計な雑念に巻き込まれにくくなるんです」。これは瞑想と同じロジックである。瞑想は難しそうだが、食事や皿洗いに集中することなら、手軽にできそうだ。
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2011年のドラマ「ドリームハイ」ではK-POPスターを目指す若者たちの切磋琢磨を描いた。 Photo: ©KBS / courtesy Everett Collection

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ところで、今世界を席巻するK-POPアーティストたちは、10代の頃からストイックに技を磨き上げ、完成度を高めてから華々しくデビューするケースが多い。閉鎖的環境での下積みから一変、世界の注目を浴びながら常に熾烈な競争を強いられるスタイルは、当人のメンタルバランスにいい影響ばかりとは決して言えないだろう。その結果悲劇が起こったこともゼロではなく、最近は練習プログラムにメディテーションが組み込まれるなど、メンタルサポートの仕組みもあると聞く。個人の精神を鍛えるきっかけを掴み、マインドセットの機会を持てる人が輝けるのかもしれない。そして一般社会に暮らす私たちも、今はSNSという不特定多数の目を意識せざるを得ない世界に身を置いている。K-POPアーティストに少なからず通じるものがあり、決して他人事ではない。「昔は村でいちばんの踊り子なら、その空間で賞賛を浴びながら幸せに暮らせていたでしょうが、現代はその存在がSNSに晒されたとたん、世界ランキングで競わされ、評価されてしまう。この“ものさし”で生きると、世の中のほとんどの人が幸せになれない。他者と比べすぎないことが大切です」とkagshunさん。自分基準で一歩ずつ成長していく。揺るぎない自信と美しさは、そうして少しずつ積み上がっていくものなのだ。
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話を聞いたのは……
kagshun
精神科医。元世界一周バックパッカー。 心の病気への理解を多くの人に深めてほしいという思いから、SNSやVoicyで現役精神科医として発信。 著書に『精神科医kagshunが教えるつらさを手放す 方法 幸せになる超ライフハック』(KADOKAWA)。公式Twitterで情報を発信中。

Editor & Text: Satoko Takamizawa Editor: Toru Mitani

※『VOGUE JAPAN』2023年8月号「自分のものさしを重視するマインドセット」転載記事。