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映画『バービー』のセットに潜入──「ドリームハウス」のインスピレーションはどこから来ている?

映画『バービー』の公開を目前に、おもちゃの「バービー ドリームハウス」を見事なまでに再現したセットに潜入。インスピレーション源となったミッドセンチュリーモダニズム、世界中で品薄になったロスコ社のフューシャピンク、さらには「役者が小さく見える」仕掛けについて、グレタ・ガーウィグ監督とプロダクション・デザイナーのサラ・グリーンウッド、セットデコレーターのケイティ・スペンサーが語ってくれた。

バービー ドリームハウス」は、シャイな人のために作られたものではない。「この家には壁もなければ、ドアもありません」と語るのは、8月11日公開の映画『バービー』を監督したグレタ・ガーウィグ。「ここでは、プライベートにしたいものはないことを前提にしています。すべてが丸見えですから」

インスピレーション源となった、パームスプリングスのミッドセンチュリーモダニズム

サンジャシント山脈を背景にした「バービー ドリームハウス」。

Photo: Jaap Buitendijk/ Courtesy of Warner Bros. Pictures 

バービー人形の世界観をスクリーンに忠実に映し出すため、ガーウィグ監督は『プライドと偏見』(2005)や『アンナ・カレーニナ』(2012)の美術を手がけたロンドン拠点のデュオ、プロダクション・デザイナーのサラ・グリーンウッドとセットデコレーターのケイティ・スペンサーを起用した。

ふたりのインスピレーション源となったのは、リチャード・ノイトラが1946年に設計したカウフマン邸(砂漠の家)や、スリム・アーロンズの写真に見るアメリカの富裕層の豪邸など、カリフォルニアのパームスプリングスを象徴するミッドセンチュリーモダニズムだ。グリーンウッドは「バービーの非現実的な世界を“リアル”に再現するのに、この時代のすべてがパーフェクトだった」と振り返る。

ピンク一色のリビングエリアの目の前にはプールが。

Photo: Jaap Buitendijk/ Courtesy of Warner Bros. Pictures 

バービー人形を所有したことがなかったふたりは、アマゾンで購入したおもちゃのドリームハウスを研究することからはじめたという。スペンサー曰く「スケールがかなりおかしかった」ため、セットを通常のサイズより23%ほど小さく調整する必要があったそうだ。ガーウィグ監督はさらにこう付け加える。「天井は頭のかなり近くにあって、部屋を横切るのに数歩しかかかりません。役者がその空間では大きく見えても、映像の中では小さく見えるという奇妙な効果が生まれるんです」

イギリスのワーナー・ブラザース・スタジオ・リーブスデンに建てられた「ドリームハウス」。滑り台を降りるバービー役のマーゴット・ロビーが不思議と小さく見える。

Photo: Jaap Buitendijk/ Courtesy of Warner Bros. Pictures 

ロンドン郊外にあるワーナー・ブラザース・スタジオの敷地に建てられた「ドリームハウス」は、ノイトラの建築を3階建てのフューシャピンクのファンタジーとして再解釈したもので、プールにはスパイラルスライダーが取り付けられている。「楽しくてたまらない雰囲気を捉えたかった」というガーウィグ監督は、1970年代から2000年代に見られたティファニーランプのだまし絵やクイーン・アン様式の邸宅、フィリップ・スタルクがデザインしたラウンジチェアなど、過去のモデルを想起させるディテールを詰め込んだ。

階段を使うくらいならプールを滑り降りるか、ドレスとマッチしたエレベーターを使えばいい──この家はそんな遊び心に満ちている。そのほかにも彼女が参考にしたのは、ティム・バートンによるキッズ向けコメディ『ピーウィーの大冒険』(1985)やウェイン・ティーボーのポップでカラフルな絵画、ジーン・ケリー主演の『巴里のアメリカ人』(1951)に登場する豪華なアトリエなど、実に多岐にわたる。

1960年代には珍しかった「独身女性の家」

バービーのベッドルーム。スパンコールが煌めくハート型のベッドがある。

Photo: Jaap Buitendijk/ Courtesy of Warner Bros. Pictures 

2階のウォークインクローゼット。ディスプレイケースには洋服やアクセサリーが飾られている。

Photo: Jaap Buitendijk/ Courtesy of Warner Bros. Pictures 

バービーの寝室にあるベッドは、貝殻の形をしたベルベット素材のヘッドボードとスパンコールのベッドカバーが見事に融合している。一方、クローゼットには、おもちゃ箱のようなクローゼットにさまざまなコーディネートがずらりと並ぶ。グリーンウッドは「独身女性の家であることは間違いありません」と指摘すると、さらにこう続けた。「1962年に最初の『ドリームハウス』(段ボール製の折りたたみ式)が発売された当時は、女性が自分の家を持つことは珍しかったと思います」。こういった背景からスペンサーは、バービーが実は「究極のフェミニストだった」と断言する。

世界からピンクが消えるまで

1階にはリビングとダイニングエリアがあり、2階にはウォークインクローゼットがある。

Photo: Jaap Buitendijk/ Courtesy of Warner Bros. Pictures 

『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019)や『レディ・バード』(2017)といった前作と同様、ガーウィグ監督はひとつの世界を徹底して追求する。「私たちは文字通り、『バービーランド』を別空間に創り上げたのです」と話す彼女は、ありとあらゆるディテールにおいて「本物の人工性」にこだわった。その一例として挙げられるのが、CGIを使うことなくハンドペイントで描いた空とサンジャシント山脈のバックドロップだ。「触った感触が伝わるようにしたかったんです。何よりおもちゃは、手にとって触れるものだから」

そして言うまでもなく、全体のキーカラーとなったのは、ピンクだ。「“子供らしさ”を維持することが最も重要でした」とガーウィグ監督。「とにかく明るいピンクを使いたくて。ちょっとやりすぎだと思うくらいに、何もかも大袈裟に表現したかったんです」と説明する彼女は、「幼い頃にバービーが大好きになった理由を忘れたくなかった」という。また、このセットデザインの影響でロスコ社によるピンクの塗料が世界中で品薄になったことにも触れると、グリーンウッドは「この世からピンクが消えたんですよ」と不適に笑った。

Text: Chloe Malle Adaptation: Motoko Fujita
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