大谷翔平はどんな道具を使っているのか?──2刀流を支える「メイド・イン・ジャパン」の深層をえぐる

メジャーリーグを代表する"2刀流"のスター・プレイヤー、大谷翔平(ロサンゼルス・エンゼルス)選手のプレイを支えるのは、アシックスが開発した野球用具である。弘法は筆を選ぶ!
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バットは飛距離より、確率重視

2021年シーズン、最終戦までタイトルを争った大谷翔平選手のホームランは46本! メジャー1年目の2018年が22本、19年が18本、コロナ禍で例年より100試合ほど少なかった20年が7本。今年が突出していることがわかる。

1918年のベーブ・ルース以来、103年ぶりとなる2ケタ勝利&2ケタ本塁打にはあと1勝届かなかったものの、打撃部門では46本塁打&100打点&26盗塁、投手部門では9勝&防御率3.18&156奪三振を記録。大谷翔平選手は、ルースを超える内容で2刀流を完遂した。(写真・田口有史)

打撃の劇的進化を支えた要素のひとつにバットの変更があった、という説がある。前シーズンまでの、しなりが特徴のアオダモから、ボールを弾く感覚のバーチにバットの素材を変更したことは、あまり報じられていない。

アシックス社でバット/スパイクの開発を担当する河本勇真(こうもと・ゆうま)さんによると、大谷選手はアオダモ素材にこだわっていた選手であったのに、さらにバットのタイプまで変更することにしたというから驚きだ。

ボールを弾く感覚のバーチにバットの素材を変更

毎年、シーズン終了後の12月に大谷選手とアシックスの開発担当者が顔を合わせ、今季の振り返りと来季に向けた用具の改良について話し合うという。2021年シーズンに向けての改良点のひとつは、まず素材。日本では主流のアオダモという素材は、しなり具合に特徴がある。けれども大谷選手のリクエストで、しなるよりボールを弾き返す点に特徴があるバーチ材に変更された。形状も変わり、グリップのすぐ上から太くなる、かなり個性的なシェイプのバットがリクエストされた。大谷選手が渡米した後は、図面を見ながら本人とミーティングを重ね、何度か日本から試作品を送って最終的な形状が決まった。

「バーチ材であっても重さは変わらないのですが、形状が大きく変わっています。長距離バッターは先端に重心のあるバットを好みますが、今シーズンの大谷選手は、逆に手元に近いところに重心があるタイプに変えたのです。これは、一般的には、飛距離より打率を狙うタイプのバットということになるのですが、ここまでガラリと変えて大丈夫かな、と懸念する気持ちはありました」

バッティング用グローブはフィット感とグリップ力を追求!

指部にエンボス加工、指から下の平らな部分、つまり手のひらはスムース加工となっており、いずれもシープ革を採用。バットを握った際の手と手袋のグリップ力の向上を追求している。また手首のベルトは小指側から親指側に巻くのが一般的だが、大谷選手は小指部分のたゆみの軽減を目的とした、親指側から小指側に巻くタイプを使用する。

しかし、大谷選手は、「飛距離には困っていない」と言い切ったそうで、バットの重心位置を飛距離に有利なようにしなくても、ボールを芯で捉えさえすればホームランは自然に増えるので、バット・コントロールをよりたしかなものにするのに有利な重心ポイントにしたほうが得策である、と、そんなふうに考えたのかもしれない。そしてじっさい、バット・コントロールの確実性を増した大谷選手は、ホームランを量産した。

(写真・田口有史)

大パワーを生み出すためのスパイク

大谷選手は、投手用のスパイクと打撃用のスパイクを使い分けずに、おなじスパイク・シューズでプレイしている。スパイクも〝2刀流〟なのだ。しかし、普通は投手用と打撃用ではスパイクが異なる。ピッチャー専用のスパイクはつま先を保護するために、「P革」と呼ばれる補強用の革を被せているからだ。この「P革」はあくまでつま先の破れを防ぐための保護パーツなので、ピッチャーではない選手のスパイクにはついていない。そして、「P革」のあるなしは、投球に直接の影響を与えることはない。しかし、打撃時や走塁時には「P革」は不要なパーツなのだ。

河本さんは「2刀流として前例のない活躍をしている大谷選手をもっとサポートするために、アシックスの靴づくりのノウハウを総動員して大谷選手用のスパイクを開発したい」と、考えた。そして、投手用のスパイクと打撃用のスパイクを場面に応じて履き替えていた日本ハム時代の大谷選手に、1足で投打に対応する新しい考え方のスパイクを提案したのは2016年のことだったという。それは、「P革なしでも摩耗に耐える構造」の〝2刀流〟スパイクで、テニスシューズに用いられるポリウレタン樹脂を使ったのがポイントだった。

「ポリウレタン樹脂は耐摩耗性が高いことに加えて、アッパーの各箇所の厚みの設計の自由度も高いので、必要な部分に必要な厚みを持たせることができます。屈曲性などの耐摩耗性以外のすぐれた機能性と組み合わせて開発しました」

大谷選手はまた、スパイクにたいして、〝立ち感〟性能を重視するという。多くの野球選手は、スパイクを「とにかく軽くしてほしい」とリクエストするそうだが、大谷流は、軽さよりも安定感、安心感を求めるのだという。

2刀流スパイクは、アシックスのシューズ開発ノウハウの集大成

本文でも触れたテニスシューズ用のポリウレタン樹脂のほかにも、地面からの衝撃を緩和する「FLYTEFOAM」というランニングシューズ用のクッション材、そして横方向に動いたときのブレを抑止するハンドボール用シューズの技術などを応用している。アシックス社内では、インドア競技とアウトドア競技の開発担当者が意見を交換する機会はあまりないが、2刀流スパイクのために全社一丸になったという。このスパイクは、さまざまな競技と向き合ってきたアシックスのシューズ開発のノウハウの集大成とも言える。2018年に大谷選手がはじめて使用したときから2刀流スパイクは進化を続け、凸凹の少ないフラットなソールを採用するにいたり、大谷選手がこだわる〝立ち感〟はさらに向上しているという。

「大谷選手は 〝立ち感〟 という言葉を使うんですね。片足で立ったときにグラつかないことや、地面と水平に立つ感覚がしっかりしている様子を〝立ち感〟と呼ぶそうです。アシックスのスパイクはつま先よりかかとが10mm上がった設計になっていて、自然につま先重心になります。したがって楽に動き出して力が出せるわけですが、大谷選手のスパイクはかかとの上がり分が半分の5mmです。一般的なスパイクでは、バットを振る瞬間に力が入る構造ですが、大谷選手はその前の、力をつくり出す、パワーをためる段階を大事にしているのではないでしょうか」

2刀流スパイクはすでに市販されており、2021年の夏の甲子園では、大谷モデルを履く高校球児も見られたという。

「一般用に販売しているモデルにも採用できるようになって、学生野球の2刀流プレイヤーのサポートに役立ちました。当時の高校野球の用具規定ではスパイクの素材は『革』と明示されていたのですが、『摩耗に強い構造は学生プレイヤーにも有益である』という私たちの主張が連盟に認められたのです。大谷選手と一緒におこなった開発を経て、従来のルールを超えた新しい価値をプレイヤーに届けられたと思います」

大谷選手の"2刀流"は、用具の世界にも影響を与えている。

(写真・田口有史)

身体の一部のように扱えるグラブ

大谷選手のために開発した用具には、守備用グラブとバッティング用グローブ(手袋)もふくまれる。開発を担当する澤野善尋(さわの・よしひろ)さんによれば、大谷選手のグラブは手の大きさから決まる適正サイズより、かなり大きいという。

「ボールの握り方を見られたくないというのが理由です。ただし、グラブをたんに大きくしただけでは、グラブの先まで指の力が届かない心配があります。そこで、より自然にグラブを扱えるように、内部に人工皮革を用いて指先までのグリップ力を高めています。これは、大谷選手用のグラブだけが採用する、特別な素材です」

内部に人工皮革を用いてグラブの先までのグリップ力を追求

グラブに対する大谷選手のリクエストは、バント処理をしやすくとかゴロを捕りやすくといった具体的なシチュエーションを想定したものではなく、「ごく自然に手を動かしたい」というものだったという。本文にもあるように適正サイズよりかなりオーバーサイズになっているため、指先までナチュラルなフィット感が得られるよう、グラブ内部に人工皮革のパーツが組み込まれている。アシックスのユーザーで、この構造のグラブを使うのは大谷選手ただひとりだという。デザインに関しては、もともと枯山水をモチーフにしたシューズなど、和のテイストを好んできたというが、ここまでデザインされたグラブを使うのははじめて。外野を守るときには、同じデザインの外野手用を手にする。

2021年シーズンのグラブは、外見のデザインもがらりと変わった。

「大谷選手用にデザインしたというわけではなく、一般販売用につくったグラブをお見せしたら、『これ、いいね』ということになったのです。〝アンチック加工〟という特別な手法を施しています。型押しした皮革の上から金色の塗料を塗り、革カバンのように細やかな文様をつけたもので、和風のテイストです。気に入った理由については、『日本人なので』とおっしゃっていました」

それまでは単色のシンプルなグラブを使い続けてきた大谷選手に、なにか心境の変化があったのだろうか。チャンスがあったら、大谷選手本人に尋ねることにしたい。

文・サトータケシ 写真・高橋一輝