YouTubeでも話題の音楽家、角野隼斗が登場!

角野隼斗の名を聞いて、「東大卒」や「YouTuber」というフレーズを思い浮かべる人も多いだろう。けれどもそれは、彼のほんの一面を表しているに過ぎない。音楽家・角野隼斗の本質に迫った。

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2021年10月、角野隼斗はポーランドのワルシャワで開催された、第18回ショパン国際ピアノコンクールに出場していた。けれども予備予選と第1次予選の段階では、「怖い」「ここにいていいのか」といったネガティブな感情を抱いたという。「僕は3歳の時にクラシックピアノを始め
たのですが、中学校に入ってからは、ジャズやポップス、電子音楽など、ビートのある音楽に傾倒するようになりました。大学に入ると、クラシック音楽の滑らかさを心から格好いいと思えるようになり、クラシック音楽とビートのある音楽のふたつの軸が僕のなかに存在するようになりました」

ただし、東京大学の工学部に在学していた時は、音楽はあくまで趣味に過ぎなかった。15歳の頃から「Cateen/かてぃん」の名義で動画投稿サイトへ演奏動画を投稿するようになり、高い評価を得ていたけれど、当時は音楽を生業にするとは考えていなかったという。

転機となったのは4年前、情報理工学系研究科の大学院1年の時だった。

「ピティナ・ピアノコンペティションというコンクールで優勝することができて、音楽のキャリアが開けました。その時に、クラシック音楽とビートのある音楽というふたつの軸をどう両立させるのかを考えたんです。他ジャンルの音楽をやるのはクラシックの邪魔になる、と言う音大の先生もいて、ジャズやポップスの演奏を続けることに怖さがありました」

だから、予備予選と第1次予選では迷いや恐怖を感じたのだ。こうして挑んだショパンコンクールのセミファイナル(第3次予選)、角野はそうした負の気持ちが消えていることに気づいたという。

「セミファイナルでは、邪念みたいなものが払拭されていたんです。ものすごく練習して表現力も上がっていて、自分にはクラシックが土台にあるのだということを再確認しました。ファイナルに行けなかったのはすごく残念で悔しいことでしたが、ショパンコンクールが終わってから1カ月、2カ月と経つと、僕のなかで音楽がより自由なものになっていると実感できたんです。あの経験があったからこそ、YouTubeの『THE FIRST TAKE』でmiletさんと共演する試みも、心から楽しめたのだと思います」

YouTubeの話題になったところで、Cateenとしての活動について尋ねてみる。〝ピアノYouTuber〟と紹介される機会が多いCateenであるけれど、実際に彼のチャンネルを見ると、流行りの曲をお手軽にアレンジして再生回数を稼ぐやり方とは一線を画していることがわかる。

「登録者数や再生回数が増えるのは素直にうれしいですよ(笑)。でも、気軽にクリックするという行為が、音楽を好きになってコンサートに来てくれることに本当につながるのか、という不安もあります。だからYouTubeでは、数を増やすことよりも、きちんとした音楽を伝えたい」

Cateenとして音楽の素晴らしさを伝えたいと考える裏には、自分の成長はYouTubeのおかげだから、という想いがある。

「YouTubeをはじめとするSNSの新しさは、アップロードする側と聴く人の、相互にやりとりをするインタラクティブ性にあると思います。僕が成長できたのも、視聴者のみなさんの反応があったからです」

〝ピアノYouTuber〟とは異なる方法を追求するCateenであるけれど、SNSの時代に生まれた新しいタイプの音楽家であることは間違いがないのだ。

「そもそも、音楽の進化はテクノロジーの進化とともにあります。200年前のピアノはまだ未完成だったけれど、強くて広い音域の音が出るようになると、ピアノ曲も広がりを持つようになりました。レコードや電子楽器の登場もしかりで、音楽家は新しいものが好きなんです」

これからの活動については、「これが自分の音楽だ、これが僕の世界観だと言えるものを出したい」ときっぱり。

「オーケストラの勉強をしたいし、ピアノコンチェルトも書きたい。YouTubeでやっている、映像があるからこそ生まれる音楽の可能性も追求したいです」

これまでの角野は、「東大卒のピアノYouTuber」といったわかりやすいキャッチフレーズで紹介されることが多かった。けれども実際に活動を追い、彼が紡いだ音や言葉を聴くと、多面的で奥行きの深い音楽家であることがわかる。

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角野隼斗

音楽家

1995年、千葉県生まれ。小学1年生の時に、史上最年少で千葉音楽コンクールA部門最優秀賞を受賞するなど、幼少期から才能を評価される。中高時代はジャズやポップスを知ることによって音楽の幅を広げ、東京大学大学院1年だった2018年にピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリを受賞。2018年に半年間パリのソルボンヌ大学IRCAM(フランス国立音響音楽研究所)に留学し研鑽を積んだ。

PHOTOGRAPHS BY @ogata_phot

HAIR STYLED BY JUN GOTO @ OTA OFFICE

WORDS BY TAKESHI SATO