米・カリフォルニアのナパ・ヴァレーにあるワイナリー「ザ・プリズナー」は、スティルワインを、意外性のあるブレンドで表現する。書道家の川尾朋子が、そのアティテュードを書にしたためた。両者の共通点を探る。
書家・川尾朋子とカリフォルニアの異端児ワイナリー「ザ・プリズナー」をつなぐもの
「無敵」か「大胆不敵」か
これほどまでに大胆不敵な「大胆不敵」を見たことがない。カリフォルニアの高級ブレンドワイン「ザ・プリズナー」のボックスに描かれたその文字は、書家・川尾朋子さんの手によるものだ。
「ザ・プリズナーのブランドストーリーや“I AM FEARLESS”というキャンペーンコンセプトを聞いたとき、自分との共通点を感じました。ワインも書道も長い歴史を持ち、伝統を大切にする世界。そのなかで新しいことに挑戦するという点が自分と似ていると思いました。このワインのためにどんな字を書くべきかを考えたとき、浮かんだのが『無敵』と『大胆不敵』というふたつの言葉。どちらも、恐れを知らず、前に進むという意味ですが、『無敵』の場合は、相手を打ち負かし進んでいく。『大胆不敵』は、相手や敵に関係なく、自分自身で自由に戦う。プリズナーの場合は、後者。このラベルのために10回くらい書きましたが、自分なりにベストのものを選ばせてもらいました。飛沫の飛び散り方など、まさに大胆に描けたと思っています」
書に没頭する人生を過ごしたい
ザ・プリズナーが個性を打ち出したワインであるということは、そのラベルとネーミングからすぐに伝わってくる。ラベルはスペインの画家・ゴヤが描いた囚人。このスケッチから、ワイン業界の慣習にとらわれることを囚人に見立て、ルールや伝統に縛られないよう常に意識している。川尾さんは、そんなワインと自分にどのような共通点を感じたのだろうか。
「私自身、かなりの“身のほど知らず”なんです(笑)。もともと大学を卒業して企業に就職するつもりで内定までもらっていたのですが、『やっぱり書道で生きていきたい』と考え、書を中心とした生活ができる道を歩いてきました。書道は6歳からやっていてすごく好きでしたが、どうすれば書家になれるかという方法や、そうなれるという自信などもなく、ただ書に没頭する人生を過ごしたい、という思いだけで突き進んできたんです」
伝統に挑む人間がいるから発展する
「書で生きていく」ということは、彼女にとってアイデンティティそのものだった。だが、その書家としての活動はまさに大胆不敵。自らが文字の一部になる「HITOMOJI」シリーズや、文字を書いているときの空中の動きまでトレースする「呼応」シリーズ。さらには英字を書いたり、さまざまなブランドとコラボレーションを行ったり。現代アーティストのようなパフォーマンスやインスタレーションも積極的に行っている。
「伝統が強い世界で新しいことをやると、賛否両論を巻き起こします。私の場合も『これは書ではない』と批判する方もいますし、ザ・プリズナーも同じようなことがあったのではないかと思います。でも、伝統に挑む人間がいるからこそ発展もする。“今まで通り”のものばかりでは、未来は生まれないと思っています」
大胆なセパージュで独創的なワインを作る
ザ・プリズナーは、そのパッケージだけでなく、製法や味わいも革新的だ。厳選された栽培家のさらに厳選された区画で作られた葡萄だけを使い、大胆なセパージュで独創的なワインを作る。濃厚な酒色と芳醇なアロマに誘われて口中に含むと、意外なほどに爽やかな甘味と軽やかな酸味。「あまりたくさんお酒がのめない」という川尾さんでも「すごく飲みやすく感じました」と語る。
「しっかりした香りや味わいがあるのに飲みやすい。でも、熟成というか深みも感じさせてくれる。赤ワインのエグみみたいなものが苦手な人でも、ザ・プリズナーなら楽しめると思います。パーティの席に持っていったことがあるのですが、お酒好きの人にも、ちょっと苦手だという人にも好評でした」
大胆不敵に伝統を打ち破る。でもそのためには、誰よりも伝統に敬意を払い、知らなければならない。川尾さんは、今でも毎朝2、3時間は古典を模写し、自らの書をかえりみるという。
「大家の文字を模写すればするほど、自分との差が見えて、落ち込むことがあります。たぶん一生かけても追いつけない。でも、だからこそ追い求める価値があると思っています。そうやって古典と向き合いつつ、同時に今しかできないことをやる。書は私の人生そのものなんです」
そう語りながら、ザ・プリズナーを口元に運び、微笑む。このワインは彼女にとって同じ道をゆく“戦友”のようなものなのかもしれない。