マッツ・ミケルセンに訊く、悪役への向き合い方と“悪ガキ”な素顔

『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』をはじめとするハリウッド作品で、存在感のある悪役を演じ続けるデンマーク人俳優、マッツ・ミケルセン。同情できないようなキャラクターからも人間味を引き出す演技や、故郷とアメリカの映画界での仕事について語った。
マッツ・ミケルセン

「僕が外でタバコを吸うのを見たいですか?」

マッツ・ミケルセンが突然、話を遮ってそう言った。パパラッチが撮影したタバコをたしなむ彼の写真は見たことがあったが、実際に吸っているところを見るのは初めてだった。彼の喫煙写真はファンの間で特に人気がある。彼はヘビースモーカーのため、通常は外で吸わなければならないことから、特に写真の数が多いのだ。ネット上には、ミケルセンがタバコを吸う画像がわんさか上がっている。「実際に見たら、面白いんじゃないですか?」と、彼は笑いながら言った。

禁煙したいが「どうにもできない」

米・ロサンゼルスの歴史あるホテル「シャトー・マーモント」にあるレストランの、屋根が付いたパティオで昼食をとっている途中、ミケルセンは食べかけのカルパッチョとワカモレをそのままにして、重厚なカーテンが壁代わりになっている店の奥のほうへ流れるように移動した。秘密の通路を探り当てたかのようにカーテンを引くと、狭い入り口が現れ、その間をすり抜けると、天井がメッシュ状になっている小さな秘密の小部屋に出た。そこにはフランスのビストロにあるようなベンチや椅子、灰皿やマッチが置かれた小さなテーブルが並んでいる。ミケルセンはベンチのひとつに座ると、前かがみになって、タバコの箱から1本取り出した。見たことのない銘柄だったが、パッケージに恐ろしい警告文が書かれていたので、きっとヨーロッパのものだろう。

57歳のミケルセンは、まさに父親が履いていそうなスニーカーに、マルーンカラーのジョガーパンツを穿き、ネイビーとグリーンのジップアップを2枚重ねて着ていた。まるで長時間飛行機に乗るような服装だ。しかしその立ち姿は、他の人とは違う雰囲気を醸し出していた。颯爽と通り過ぎる彼にすぐに気づかなくても、客たちは長すぎるくらいじっと彼のことを見ていた。

私が「タバコは老化を促すんですよね」と嘆くと、80年代からタバコを吸い続けているにもかかわらず、酪農場で働く少女のように血色が良いミケルセンは、デンマークでいちばん成功した嫌煙キャンペーンは、皮がたるんだリンゴの写真を載せた広告だったと教えてくれた。「デンマーク人はひどい死に方をすることは気にしていないけれど、皮膚が少し老化するってなると焦るんです!」。それから、禁煙したいと思っているが「どうにもできない」のだと言った。

単にタバコを吸うという行為がミケルセンをクールに見せているのではない。そこには功利主義的なものが一切ないのだ。マッツ・ミケルセンは、あごを上げ、頭を少し傾けながら、まるで映画のワンシーンみたいにタバコを吸う。煙を吸い込むたびに頬骨にしわが寄ると、渋い落ち着きが感じられる。

ゆっくりと煙を吸ってから、彼はテーブルで話していた演技についての話をまたはじめた。「主役というのは、なぜその人がそういう人なのか、観客が少しずつわかっていくものなんです。でも他のキャラクターはそうはいきません。たとえば、親友や悪役の場合は」とミケルセンは言う。「カメラは(脇役を演じる)僕の物語は語ってくれません。僕と一緒に寝て、翌朝一緒に起きるわけではないですから」

ミケルセンは、主役以外の人物を演じるときも、アプローチは変えないという。でも、たとえば『君の名前で僕を呼んで』のラストシーンでティモシー・シャラメが暖炉を1時間くらい見つめていた時のような、観客にキャラクターの深みを伝えるための長いクローズアップなどがない事実は、意識しなければならないのだそうだ。

いい意味でアメリカ的ではない

ミケルセンはこれまでしばしば主役を演じてきたが、アメリカではそうでもない。よく知られる彼の役は、悪役が多い。2006年の『007/カジノ・ロワイヤル』では、血の涙を流すスパイ、ル・シッフルを演じ(血の涙はデジタルで処理されたものだそうだが、それまで試した他のやり方のせいで角膜炎になったそうだ)、それ以降は『ハンニバル』のテレビシリーズに主演し、『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』では邪悪な魔法使いを演じた。

その他にも、リアーナの「BitchBetterHaveMyMoney」のミュージックビデオに、極悪会計士として登場している。そしてつい最近は、『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』というあらゆる世代が楽しめる新作娯楽映画で、ユルゲン・フォラーという元ナチスの物理学者を演じている(ジェームズ・マンゴールド監督は、ミケルセンが撮影中、しばしば正装して路地でコーヒーを飲んだりタバコを吸ったりしていたことを懐かしんでいた)。

デンマークにはアメリカのような「ヴィラン(悪人)」はいないとミケルセンは言う。彼がデンマーク映画で演じる役柄はたいてい、極限状態に置かれた一般人だ。トーマス・ヴィンターベア監督の『偽りなき者』と『アナザーラウンド』では、園児に性的虐待をしたとして告発された教師と、絶えず酔った状態を保つ実験に没頭する教師をそれぞれ演じている。

ミケルセンは、同情できないような人物に共感を呼び起こすことを得意とする。そのためどうしようもない主人公にもなれば、魅力的な敵役にもなる。『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』には、観客がフォラーに代わってストレスを感じる瞬間が何度か訪れるが、それは彼がナチであることを思い出す前の話だ。

ジェームズ・マンゴールド監督は、「マッツは、演じるどんな人物に対しても、その人のものの見方に100パーセント忠実になる」とメールインタビューに答えてくれた。「それには、ある種の勇気が必要なのですが、そうした恐れ知らずのところが、マッツにはあります。正直なところ、彼が映画でヴィラン役をオファーされるのは、彼が悪役を恐れずに演じ、人間味を出すからだと思います」

彼のアプローチは、いい意味でアメリカ的ではない。アメリカの大ヒット映画は大概、善人と悪人の間で障害物を爆破させたりするのが好きだが、デンマークの映画はより曖昧なことが多い。第2次世界大戦を題材にした映画では、もちろんナチスが描かれるが、一般的にはハイパーリアルな方法で描かれ、過剰な誇大妄想狂として描かれることはない、とミケルセンは言う。そして、デンマークにも、デンマーク版マーロン・ブランドやジェームズ・ディーンといった「荒くれ者」は存在すると語りながら、現実味のあるキャラクターに比べたら、そうした役柄には興味を抱かないのだと付け加えた。

皆に好かれる人物は面白くない

「現実味のある演技をしながら皆に好かれる人物でいるというのを、面白いと思わないのです」とミケルセンは言う。彼のブレイクのきっかけを作った、デンマークのニコラス・ウィンディング・レフン監督の『プッシャー』で麻薬密売人トニーを演じたときも、やろうと思えばできたかもしれないが、そうすると演じる人物の魅力が欠け、信憑性が薄れると思ったそうだ。その代わりに、ミケルセンは彼を「まぬけ」にした。負け犬っぷりに、はじめはイライラさせられるが、観ていると、やがて胸が張り裂けそうになる。

「『目にかかるように髪を垂らして、隅っこでカッコつけている』なんていうのは好きじゃないんです。僕は違う。負け犬は面白いんですよ。そういう人を現実で知っていますから。観てくれる人のなかにも、実際にそういう状況に陥ったことがある人もいるかもしれないですしね」

ハリウッドはミケルセンを、物静かで陰険な人物にキャスティングしてきたが、そこには何か見落としているものがあるのかもしれない。

分厚い黒ぶち眼鏡をかけ、「NewYorkFilmAcademy」と刺繍された黒のボウリングジャケットを着た男が、カーテンを突き抜けるように喫煙コーナーに入ってくると、ミケルセンを横目でちらりと見た。カーリーヘアの女性が彼の後ろから滑り込んでくる。ミケルセンは2本目のタバコを吸い終わったところだったので、私たちは、気づかれないように彼の姿を見つめる客たちの視線を感じながらテーブルに戻った。

私はミケルセンに、アメリカでは彼が、一部のファンにとっては胸キュン系のスターであることを知っているかと尋ねた。「何だって?」と彼はテーブルを見下ろしながら、いたずらっぽい笑みを浮かべてそう言った。「いや、知らなかったですね。僕はニッチな悪いやつですが、ニッチなスターなんて役もあるんですね」

リアーナから電話がかかってきた

負け犬であることは身をもって経験してきたとミケルセンは言う。10代の頃の彼はとても小柄だった。背の高い人だらけに思えるデンマークでは、このことは特に人格形成に影響を与えたに違いない。今でこそ180cm以上あるが、そうなったのは17歳のときに、毎日何時間も体操の練習をするのをやめてからだ。彼はまた、クラスで最年少でもあった。「自分のことを“クール”だったとは思いません」とミケルセンは言う。「ネクタイを締めたりなんかしている男がいて、いつも女の子たちはそいつのことを、こんな目で見つめていました」

そして彼は目をキラキラさせて見せた。「注目されたくて飛んだり跳ねたりしていたけれど、まったく効果がありませんでしたね」。その男は黄色いネクタイをしていた、とミケルセンは言った。「今でも彼のことが嫌いです」

ミケルセンは、今では2人の子どもたちからも尊敬されていると言う。少なくとも、リアーナと一緒に「BitchBetterHaveMyMoney」のミュージックビデオに出演したあと、しばらくの間はそうだった。「リアーナは僕のことをどこかで見たんですよ、デンマークの作品で観たと言っていたと思います」とミケルセンは語る。「それで出演しないかと電話がかかってきました。面白かったですが、どうかしてますよね」。今となっては、もう注目を集めるために飛んだり跳ねたりする必要はない。ただタバコに火をつけるだけで十分なのだ。

たまたま、彼はジャンプが得意だった。体操競技をやめたあとは、ニューヨークのマーサ・グラハム・スクールやスウェーデンのバレエアカデミーで学び、約10年にわたってダンサーとしてのキャリアを麗しく進んでいった(妻のハンネ・ヤコブセンは、元振付師でダンサーだ)。しかし、ミケルセンはダンスの美学──完璧なポジショニング、美しく動くために美しく動かす体──よりも、ダンサーの表情に宿る切なさや、跳躍を支える怒りのエネルギーといった演劇的な要素に惹かれていた。

なにより、ダンスを踊っている間に物語を演じられる貴重な瞬間が好きだった。「5人で同じことをやって、みんなで手をこうして、ひらひらひらひらって振るんですよ」。ミケルセンはそう言って手を振ってみせた。「楽しかったです。まるでバンドをやっているような感じでした。みんなで一緒にやっていると特殊なエネルギーが生まれますからね。でも、『ウエスト・サイド・ストーリー』でジェットとして踊るのはもっと楽しかった。喧嘩をするシーンでは、それがダンスのなかに隠されていて、ダンサーはみな演じるというエネルギーを使うことができた。そのほうがずっと面白かったですね」

トマス・ヴィンターベア監督の『アナザーラウンド』のラストで、ミケルセンが酒を飲んで酔っ払いながら桟橋の上で無我夢中で踊る場面がある。それを観ると、より堅苦しい振り付けをいやがる彼の姿を想像するのはそう難しくない。

ミケルセンは今でも「いい感じの体型」を維持している。スカンジナビアン・フィットというべきか。彼は体型を維持したままダンスを辞め、演劇学校に進んだ。90年代にラース・フォン・トリアーとともにエッジの効いた「ドグマ95」という映画運動を立ち上げたヴィンターベアや、『プッシャー』を監督したレフンらによって、再び勢いを持ちはじめたデンマークの映画シーンに参入したのは、30代前半のころだった。

映画界の派閥を超えて

デンマークの俳優は、それぞれ違う監督が率いる2つのギャングに分けられるとミケルセンは言う。当時、ミケルセンはレフンのグループにいた。『ゲーム・オブ・スローンズ』で近親相姦する父親を演じている友人、ニコライ・コスター=ワルドーは、1994年にオーレ・ボーネダル監督の『ナイトウォッチ』でブレイクした。ミケルセンは「ギャング」と少し皮肉を込めて言うが、派閥間の溝ははっきりしており、ミケルセンにおいては、たとえば、キャリアの比較的後半になるまでヴィンターベアとは仕事をしなかった。ミケルセンは、90年代にヴィンターベアと交わしたという、冷たく形式的な挨拶を真似してみせた。「でもその後、僕たちはもう少し大人になって、『彼が撮ったあの映画、わりと好きなんだよね。僕らが言っていたほどひどい映画じゃなかった』などと言うようになったんですよ」

2012年に公開された『偽りなき者』の脚本をヴィンターベアがミケルセンに渡した頃には、元の派閥にだけ忠実にいなければ、という気持ちは和らいでいた。「自分自身を見つけるための方法だったと思います。誰もが自分自身を見つけたがっていたし、そのための最善策は、『俺たちはこうやる』という非常に過激なものでした。もっともですよ。その結果、派閥に寄らない個々のアイデアや、インディペンデントな映画作りのスタイルが生まれました」

寡黙な悪役としてのミケルセンをよく知る者にとっては、感情豊かなデンマーク人キャラクター(『偽りなき者』では感情的に孤独を訴えるルーカス、『プッシャー』では神経過敏なトニーを演じている)を見ると、ハッピーアワーで寡黙な同僚がまったく別の人格を見せたときのように、驚くかもしれない。実際に会ってみても、彼の表情や動作はのびのびしている。よく笑い、そのたびに頬骨と同じくらい彼の顔を特徴づけている鋭い犬歯が見える。

しかし、悪役を演じる場合、ミケルセンは感情をほとんど見せず、口を大きく開けることはほとんどない。そうした人物が見せる不吉な落ち着きは、彼らが何かから解き放たれる瞬間を、さらにわけがわからないものにする。『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』では、ミケルセン演じる人物が誤算によって動揺する場面が何度か訪れる。映画の大半、昔の男子学生のような七三分けだったミケルセンの髪はボサボサになり、顔を真っ赤にさせて、動作や言葉は異常なくらいぎこちなくなる。こうした突然の感情の表れはどれも、波紋ひとつない暗い池にあがった水しぶきのようで、観客は水面下でどんな大騒ぎが繰り広げられているのかと想像するのだ。

デンマーク人俳優とアメリカ

さっき見かけたボウリングジャケットを着た男は、「有名人には話しかけるな」というシャトー・マーモントの暗黙の掟を不思議なほど無視して、私たちのテーブルに近づいてきた。会話を中断させたことを長々と詫びていたが、中断するのはやめなかった。男はミケルセンをデンマーク系の別の俳優と間違えて、「ヴィゴだよね?」と言った。

「そうです」とミケルセンは答えたが、その場をできるだけ早く終わらせようとしたようだった。しかし男は続けてこう言った。「アメリカ英語はできるの?」

ミケルセンは「できません」と言い、自分がヴィゴ・モーテンセンでないことを明かした。「僕の名前はマッツ。マッツ・ミケルセンです」

そうだったとわかったふりをする男を横目に、ミケルセンは彼のスコットランド訛りについて尋ねながら、なんとか他愛もない会話に戻そうとしていた。しかし男はそんな救いの手を振り払うように、ミケルセン──あるいはモーテンセン──にぴったりの映画があると言い出したのだ。彼が去ると、気まずい沈黙が続いた。

ミケルセンによれば、デンマーク人俳優のドッペルゲンガー(モーテンセンは厳密にはアメリカ人だが)と間違われるのは日常茶飯事で、カナダのトロント国際映画祭の間に、滞在先のホテルを出るところをパパラッチに目撃されたことも記憶に新しいという。「その時点で僕は少しだけ有名でしたが、必ずしも彼らに認識されるほどではありませんでした」と彼は振り返る。一人のカメラマンが彼を見つけると、続々と他のカメラマンがやってきて、突然、カメラのシャッター音がセミの鳴き声のように響き渡ったという。「ヴィゴ、ヴィゴ!」とパパラッチはミケルセンに呼びかけた。翌日、いくつかの出版物に、誤認された彼の写真が掲載された。

その後、別の映画祭でモーテンセンに出くわした際に、ミケルセンはそのときのことを話した。だが、モーテンセンはその話を信じなかったそうだ。「それから、レッドカーペットを進んでいきました。僕が最初で、彼が続く形で。するとみんな『ヴィゴ!』って叫ぶんです。彼は僕のすぐ後ろにいるのに! まったく悪気がないんですから」とミケルセンは言う。

モーテンセンはデンマークに短期間住んでいたが、デンマーク映画がルネッサンス期を迎える前に離れ、『ロード・オブ・ザ・リング』に出演したとミケルセンは説明する。「彼は、僕たちがデンマークで面白いことをはじめる前から映画スターでした。それに僕より少し年上です」。すると、ミケルセンは私のノートを指さして言った。「それを書いてくださいね」

デンマークで演じてきたような役柄や、モーテンセンやコスター=ワルドーが演じたようなアメリカ人の役が回ってくれば、ミケルセンは喜ぶだろう(ミケルセンは、彼らが新聞を音読してイギリスとアメリカの英語のアクセントを練習したことを覚えている)。しかしハリウッドでは、ヒット映画の主役はいまだにアメリカ人ばかりということが多い。「僕はアメリカ人ではないですから」と彼は言う。ハリソン・フォードでなければ、特異な人物を演じる性格俳優になるしかない。

アメリカ英語もミケルセンにとっては簡単ではないし、いったん身に付けてしまったら邪魔になるのではないかとすら思っている。『ハンニバル』ではイギリス英語を学んだが、「完璧なイギリス英語」ではなく、役柄に過剰教育を受けたゆえの薄気味悪さを与える程度で、通常、デンマーク訛りの英語から離れることはない。

きっと必然性を感じれば、少しの訛りもなく「イーハー!」と言えるのだろう。“マット・マイケルソン(マッツ・ミケルセンの英語読み)”に変身するのはお安い御用で、どこからどう見てもアメリカ人の主役になれるはずだ。「マッツは何でもできます」と『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』の監督マンゴールドはメールでの取材に答え、ぜひいつかミュージカルに出演する彼を見たいと付け加えた。「間違いなく何でもできますから」

超大作のヴィランは楽しい

ミケルセンはハリウッドに望まれている間は、超大作でヴィランを演じることに心から満足している。「他に何もなければ、絶対に引き受けますよ。楽しいですから」と彼は言う──『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』のナチの役のことだろうか。実際、ミケルセンはためらうことなく、嬉々として引き受けた。「そうすれば、ヨーロッパでなんでも好きなことができますしね」。決してハリウッドの嗜好を冷笑しているようには聞こえない。それに個人的なこととしても受け取っていないようだった。演技は彼のアイデンティティの一部ではあるが、すべてではないとミケルセンは言う。真剣に受け止めてはいるが、そこまで真剣には考えていないと。

シャトー・マーモントの秘密の喫煙コーナーでのくつろいだ姿を思い返しながら、ミケルセンに、最近はどれくらいハリウッド色に染まってきているのかと尋ねると、こんなエピソードを披露してくれた。

『007/カジノ・ロワイヤル』の仕事が終わったあとのタイミングに、ミケルセンは、ロサンゼルスでマネージャーと親しい友人数人と一緒にいた。彼らはエージェントに会う予定だったが、その前に史上最も激しい「デッドアーム」戦(訳注:お互いの利き腕だけを殴り合うゲーム)でお互いを打ち負かし、腕を使い物にならなくする“ミッション”にいそしんでいた。

「僕らは、お互いの腕をひたすら強く殴っていました」とミケルセンは振り返る。エージェントとのミーティングを控えていた10分前、彼は友人のひとりに「史上最高のデッドアーム」を見舞ってやったのだという。そしてミーティング中はずっと頭の中で、もうすぐ──いつ、どこでなのかはわからなかったが──友人がやり返してくるということだけを考えていた。

「いてもたってもいられなかったし、何の話も頭に入ってこなかったので、ミーティングの途中で、『ちょっと席を外してもいいですか』と言ったんです」。そうして何か真剣な話でもするかのように2人で駐車場へ出ていくと、ミケルセンは友人に、不意打ちの恐怖から解放されるために、ここで一発、腕を殴ってほしいと頼んだ。友人は喜んでそれに応じたという。

その後、2人はオフィスに戻り、ミーティングを再開したが、その際に、エージェントが座っているところから駐車場が丸見えだったことに気づいたという。「彼女は僕らのエージェントにはなってくれませんでしたよ」とミケルセンは笑いながら言った。「これで、僕がどれだけハリウッドに染まっているかわかるでしょう?」

やっぱりミケルセンは、こうでなければならないのだ。

マッツ・ミケルセン
1965年生まれ、デンマーク出身。1996年、ニコラス・ウィンディング・レフン監督の『プッシャー』で麻薬密売人を演じ、俳優デビュー。『007/カジノ・ロワイヤル』(2006年)ではル・シッフルを演じ、悪役の演技で世界的に広く知られる存在に。6月30日には出演作『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』が日本でも公開された。

From GQ.COM Translation by Miwako Ozawa

PRODUCTION CREDITS
Photography by Ashley Olah
Clothing: Zegna, throughout
Styling Assistant: Sergio Navarra
Grooming by Kristen Shaw at The Wall Group
Special thanks to Chateau Marmont


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